失意と決意〜コロナ禍と大学スポーツの今(④金沢大学ボート部)

2020年男子舵手付きフォア6位入賞 (S渡邉 3松林 2池田 B浜辺 C吉田)

「コロナ禍と大学スポーツの今」として、それぞれの大学ボート部の現状や、コロナ禍での工夫などを伝えるシリーズ。第3回の大阪市立大学編 『悔しくて笑いたくて漕いでいる』 に続き、第4回は金沢大学ボート部を取材させて頂きました。

昨年のインカレでは、出場全クルーが入賞し大躍進。
しかし彼らの掲げる目標は「日本一」。その決意に迫ります。

快進撃

2020年のインカレ。金沢大学ボート部は女子シングルが準優勝、ダブルスカルが6位。男子付きフォアで6位となり、出場全クルーで入賞を果たした。

迎えた2021年度。躍進の裏で新主将の池田さんは複雑な想いを抱えていた。

“快進撃”
周りからそう言ってもらえることもあった。自分でも手応えはあった。しかし心には悔しさが残っている。

日本一に全力で挑んで負けた。

部員たちは新年度の目標を決めるため艇庫に集まっていた。
壁には半紙に墨で描かれた「日本一」の文字がある。

みんなに、主将としてどんな声をかければ良いだろう。
池田さんの複雑な心境は整理されないままだった。

まだ頭の中では、先日行われたインカレのことが渦巻いていた。

涙と涙

「日本一」という目標を掲げて臨んだ2020年のインカレ。
女子シングルの柿島さんが銀メダルを獲得するなど、チームは確実に力をつけていた。

女子ダブルも自信を持ってレースに臨んでいた。

笠原さん(2020年 インカレ女子ダブル ストローク)
「インカレ前に富山県の神通川で富山国際大学との並べがありました。複数本並べ、大差で勝利したレースもありました。強豪相手にも自分たちのレースが出来て自信を持てたと思います。しかしその自信がどこかで慢心に変わってしまったのかもしれません。」

予選を勝ち上がり迎えた準決勝のレース。落ち着いて漕げば上位2クルーに入れると自信を持って臨んだが、予想よりも激しく競り合う展開に。1000mではトップと横並びの位置だったが、後半じわじわと離されていく。イメージとのギャップが焦りを生み、思うように漕げない。

本来の漕ぎができないままレースを終えた。結果は4位。なんとか順位決定戦に進むことはできた。
だが練習試合で優勢だった富山国際にも敗れ、同組1位の立教大学とは15秒の差があった。
日本一という夢への距離を痛感し、レースの後は悔しさが抑えられなかった。

その夜、翌日には順位決定のレースを残していたが、笠原さんの気持ちはボロボロだった。
お風呂場では堪えきれず、涙が溢れてきた。

2020年 インカレ6位入賞(S 笠原 B 安藤)

***
同じく2020年のインカレ。男子フォアも日本一へ挑んだ。

池田主将
「日本一になるために練習してきて、勝てる自信もありました。そして僕の入部するきっかけであり、今でも憧れの人と日本一に挑む。胸の高なるレースでした。」

ストロークを漕ぐ渡邉選手とは、新人勧誘のエイトで初めて一緒に乗艇した。池田さんはそこで初めてボートを漕ぎ、渡邉さんの背中を見て”かっこいい”と思ったのがきっかけでボート部に入部した。

2020年インカレ にて (左 渡邊さん 右 池田さん)

今はその先輩と同じ艇上にいる、自分のことを誇らしく思った。

いつも面白くてチームを盛り上げてくれる先輩。でも艇上では真剣な表情を見せる。そんな人柄を尊敬していた。”一緒に勝ちたい” そのためにも、この1年練習してきた。

自信と共に迎えた予選。だが1500mで東京経済大学を1秒差で追う接戦に。ラスト300mでスパートに入る。一気に加速し前をいく艇を捉えたと思った瞬間に、大きく艇が傾いた。何が起きたのか分からなかった。前方で激しく上がる水しぶき。頭の中が真っ白なまま、なんとかゴールまで漕いだ。

乱れる呼吸を整えて顔をあげる。渡邊さんのバックステーが折れているのが見えた。

池田主将
「予選から接戦になり ”日本一を掲げているのにまずい” という焦りがクルー内にあったのかもしれません。普段ではあり得ない先輩のミスに正直驚きました。そしてレース後に先輩が流した涙を見て、”これはとんでもないことになった”と感じました。

そして同時に自身に対しての不甲斐なさも感じたという。

池田主将
相手に食らいつくために、前を漕ぐ先輩に負担をかけていたと思いました。それに気がついて自分に対しての不甲斐なさが込み上げてきました。予選は自分も含め、チームでの力不足が表面化したレースでした。

その後、敗者復活戦以降は立て直し、6位入賞を果たす。
2020年。全国の舞台で確かな手応えを掴んだ。

だがそれ以上に、夢破れる怖さを思い知ったシーズンにもなった。

2020年 インカレにて

やっぱり私は

インカレを終え、2021年の目標を決めるため部員は艇庫に集まっていた。
ダブルスカルで出場した笠原さんは、入部してからの時間を思い出していた。

***
1年生の全日本新人で7位になったとき。
“前に6クルーもいるじゃん”と思って悔しかったけど、泣いたりはしなかった。
あの時は恐れ知らずで、とにかくボートが楽しかった。

チームで日本一を掲げた今年。
強くなるために1年間漕いできたはずなのに、順位決定のレースを残して泣いてしまうなんて、自分が情けない。反省だ。

恐れ知らずだった1年生の時と比べて、自分は何が変わってしまったんだろう。

暗い気持ちで周りを見渡すと、悔しそうなみんなの表情が見えた。

今年のインカレはコロナ禍の影響で、戸田に足を運べず金沢に残った部員が沢山いた。
ひとりひとりの顔を見ながら、この1年間のことを思い出した。

”自分だけのレースじゃない”
ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。

全国での感染拡大が酷かった4月〜5月は艇庫での練習ができなかった。みんな自宅で筋トレをしたり、艇庫からエルゴを持ち出して近所の公園で練習したり。地域住民の方への説明用に、資料を作ってくれた部員もいたっけ。離れても支え合って、なんとか乗り越えた。

漕手だけじゃなくサポートも “日本一の環境を作る” と支えてくれた。慣れない大学とのやりとりや試合中止が続く中、OB・OGへの理解活動に工夫を凝らしてくれた部員もいた。

今、自分はただレースに出てるだけじゃない。想いを背負って闘っている。
積み上げたみんなとの時間があったから、泣いてしまったのかな。
だとしたらあの涙も、成長の証かもしれない。集まったみんなを見るうち、そう思えてきた。

だったらもう、泣いた自分を反省するのはやめにしよう。
自分のために、そして何よりみんなのために。
インカレの最中も、金沢に帰ってきてからも、気持ちを察してまずは一緒に悔しがってくれた。
そしてその後には、笑顔で”おめでとう”と言ってくれた。
仲間の存在を感じると、改めて自分の中に気持ちが込み上げてくる。

やっぱり私は、日本一になりたい。

2020年インカレ にて (S 笠原さん B 安藤さん)

「日本一」の意味

うつむいた部員を見て、新主将の池田さんは「去年はこうじゃなかったのにな」と考えていた。

***
2020年度の目標を決めた去年。
誰かがここで「負けて良い試合なんてないよね」って言い出したんだよな。そしたら「それって日本一ってこと?」ってなって、みんなで、そうだ、そうだって盛り上がって。
最終的に「並べた相手には負けたくない!」ってなったんだっけな。

「日本一」っていう夢に高揚して、みんな笑ってた。
たぶん俺も自信に満ちた、いい顔してたと思う。

それと比べて、今年はどうだろう。
なんかみんな失意のどん底って顔してる気がする。
自分もダメだって分かっているけど、明るい顔ができない。

小さくため息が出た。悟られないように、うつむいた。そして今年のことを思い出す。
本当に大変な年だった。でもまあ色々あったけど、みんな本当に頑張ったと思う。それだけは本当だ。優勝はできなかったけど、俺だって去年よりずっと強くなった。

インカレで6位になって悔しがる自分なんて、ボート始めたときは想像もつかなかった。
少し前まで「準決勝進出!!」って言ってみんなではしゃいだりしていたんだし。
でも今はチームでインカレの賞状を3つも貰って、それでもまだ悔しがっている。

そうか。「日本一」って俺たちにとって夢じゃなくて、ちゃんと”目標”になったんだな。
だから負けるのが怖いし、悔しい。
そしてこうやって落ち込んだりもするけど、それってすごく大切なことだと思う。

なら胸を張りたい。そして主将としてはっきり口にしよう。去年と同じ目標を。

顔をあげ「俺はみんなで」と言葉を発した。
部員の顔が一斉に自分を向く。ためらいはもうない。
「日本一になりたい」
去年と同じ目標。でも俺たちにとっては、違う意味を持っている。
部員の真剣な表情を見る。今まで一緒に戦ってきたみんなを。
去年も本気だった。先輩たちが引っ張ってくれて、俺たちは一気に成長した。自信をつけて、試行錯誤して、全力で挑んで、そして負けた。だからこそ、いま分かることがある。

今年の俺たちは、もっと本気だ。

“日本一”という言葉で、もう笑う人はいなかった。

証明する日

先日、2021年インカレは10月へと延期されることが発表された。
また無観客開催や事前にPCR検査の結果提出を求められるなど、依然例年とは違う難しさを伴った状況だが、金沢大学ボート部は熱い闘志を燃やしている。

最後に笠原さんと池田さんは、今年のインカレに懸ける想いを語ってくれた。

笠原さんは今年、去年シングルで準優勝を果たした柿島さんとクルーを組みインカレに挑む。

笠原さん
「柿島さんと一緒に乗って、改めて艇を加速するテクニックが本当にすごいなと感じました。正直に言うと、今はついていくのが精一杯です。でも残りの期間で色んなことを吸収して、成長した姿でインカレに臨みたいと思っています。そして去年の悔しさを晴らしたいです」

池田さんは昨年同様フォアで出場する。クルーのメンバーはもちろん、今回レースに出場しない2年生からも力をもらっている。

池田主将
「今の2年生は入部当初からコロナ禍ということもあり、ずっと辛い思いをしています。そんな中で一人も欠けることなく、弱音も吐かず、ボートを続けていることに感動しています。そしてそんな2年生に、この1年本当に勇気をもらいました。出場メンバーのみならず、チームで一丸で最高のインカレにしたいと思います」

感染症対策としてインカレで現地入りするのは最小限のメンバーになる。
多くの部員はチームの日本一を願い、北陸の地から漕手へ声援を贈る。昨年のインカレでも、金沢に残った部員から出場選手への温かい応援メッセージがあった。離れていても仲間からの声援が、今年も力になるだろう。(2020年のインカレ。金沢に残った部員から、出場選手への応援メッセージ)

失意を乗り越え、成長を遂げた金沢大学ボート部。

”並べた相手には負けない”
そのことを証明する日が近づいている。

(取材・編集 原田)


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