「周りは関係ない、自分の人生を。」ボート競技リオ五輪日本代表・中野紘志選手の言葉から考えるスポーツの価値

コロナ禍の中、開催された東京オリンピック・パラリンピック。
みなさんは、競技に打ち込むアスリートたちを見て何を感じたでしょうか。

リオオリンピックにボート競技日本代表として出場した中野紘志選手は、今回の東京オリンピック出場を目指していましたが、コロナ禍でのモチベーション維持の難しさも影響し代表選考で敗退。そのまま昨年春に引退を宣言しました。しかし、同年にコースタルローイングというボートと似て非なる競技でアスリートとして復帰を果たしました。

アスリートとしてもがき続ける中野選手の言葉を通じて、改めてスポーツの価値を考えます。

※中野選手のコースタルローイング挑戦の経緯については、こちらの記事をご覧ください。

中野紘志(なかのひろし)
1987年生まれ。石川県金沢市出身。一橋大学卒。大学からボート競技を始め、2009年にはU23世界選手権で銀メダルを獲得、2016年リオオリンピックに出場した。
2020年に引退を表明したが、コースタルローイングの選手として同年に復帰。


■勝ち負けではなくそこまでの過程を

中野選手は、パラリンピックの開催期間中、ツイッターでこうつぶやいていました。

アスリートとして厳しい勝負の世界で戦ってきた中野選手は、勝つこと、負けることについてどう考えているのでしょうか。

中野選手
「勝負がないと人は成長できない、という前提はあると思います。ただ、勝てなかったらダメなのか、というのは別の話です。

その選手が立てた目標に対して必死に取り組んできたこと。そこにこそ価値があると思います」

日本ではどことなく「メダルを取れないと価値がない」という風潮があるように感じます。もちろん勝った選手を見ていると嬉しい気持ちになりますし、それを見たいと思うのは自然なことです。

「でも、アスリート自身がそのように考えてしまうと、自分でスポーツの価値を狭めてしまっているように思うんですよね」

「いかに自分の中で自分を評価する軸を持つか。周りの評価軸に惑わされてしまうと、結果もついて来ないし、自分を見失ってしまう。周りを気にしない部分を持つべきだと思います」

今回のオリンピックでも、金メダルが期待された多くの選手が予選で敗退するなどの波乱が起きたことは記憶に新しいです。

そしてこれは単にアスリートに限った話ではありません。今を生きる全ての人にとって重要な考え方であるはずです。

「例えばボートでいえば、『全日本選手権に出たことがある』『インカレで準決勝に行ったことがある』『4年間競技に打ち込んだ』というのも価値があることだよね、素晴らしいことだよね、というように自身も周りも感じられるような価値観を共有すること、これが大事だと思います」

東京オリンピック出場を目指していた

■「自分も頑張ろう」と思ってもらえたら

普段からアスリートとは何か、スポーツとは何か、と深く考えながら競技に取り組んできた中野選手。彼が目指すアスリート像は、”他の人を励ますような存在でいたい”というものでした。

「もちろん勝った姿をみなさんにお見せしたいという気持ちもあります。ただそれよりも、ちょっと道を踏み外してしまったと思っている人や、何かがうまく行かなかった人、そういう方たちが僕を見たときに、『自分も頑張ろう』と思ってもらえるように活動していければ。
勝っても負けても伝えられるものがあると思います。この考え方は自分のアスリート像として目指し続けているものです」

スポーツを見ている側も、メダルが見たい、強い選手が見たい、という考えから、そのアスリートがどういう想いでその競技に向き合っているか、どのようにチャレンジしてきたかというストーリーに目を向け、自分自身に何が還元できるのか、という目線を持つことが必要なのではないでしょうか。

コースタルの練習のため自分で舟を運ぶ

■発信することが義務

先日、中野選手の大学の後輩でもある荒川選手(今回の東京五輪選手)がエルゴ2000mで日本人史上初となる”6分切り”を果たしました。日本にボート競技が導入されてから約100年以上達成されて来なかった記録が打ち破られたのです。

しかし、蓋を開けてみるとボート界がほんの少し盛り上がっただけだったことに無念さを覚えたと言います。

「(6分切りに関しては、)例えばボート協会が1億円の報奨金を用意しておく、など可能だったのではないかと感じています。陸上の100mで10秒を切ったとか、マラソンで日本記録を更新したとか、そのレベルの出来事だと思うのですが、このすごさをわかってもらえるような状況がなかったのは事実です」

そして、誰でも気軽にSNSなどで発信できる時代になったからこそ、メディアでの報道を待つのではなく、どんどん自身で発信していくことが大事だと中野選手は考えます。

「ストーリーに共感してもらったり何かを感じてもらったりするために、アスリート自身が発信をすることは義務なようなものだと思っています。いつでもどこからでも発信できる時代なのですから。黙々とトレーニングをこなして頑張るのは学生までなのかなと思います」

「そして、誰に向かって発信するのか、ということも同時に意識して、工夫しなければなりません。ボートを知らない人に届くようにするためにはどうすればいいのか。これは自分も考え続けている部分です」

オンラインでの取材となった

■自分の人生と真正面から向き合う

中野選手は、6月に今治で行われたコースタルローイングの国内大会で見事優勝し、9月末から開催されるポルトガルでの世界選手権への出場を予定しています。

出場種目は、ビーチスプリント種目でシングルスカル(1人乗り)とミックスクォドルプル(男女混合4人乗り)、ロング種目はシングルスカル(1人乗り)です。

この半年間で試行錯誤をしながらも、小豆島での合宿を敢行するなど、充実したトレーニングを積めていると言います。

「これまでのボート競技とは違った鍛え方や考え方が必要になるので、練習方法も色々と試行錯誤しながら取り組んできました。世界選手権の目標は「悔いの残らないように」です。あわよくばお土産も持って帰れればとも思います(笑)」

中野選手はSNSYoutubeを積極的に活用し、自身の練習状況や考えなどを等身大で公開されています。

アスリートとして己の道を探求し続ける中野選手を知ることで、一人一人が改めて自分の人生に真正面から向き合えるのではないでしょうか。そしてそれこそが中野選手がもたらしてくれるスポーツの価値なのだと思います。

今治で開催されたビーチスプリント大会で優勝。世界選手権へ。

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