中野紘志ースポーツの本質を問い続ける求道者

中野紘志、という人間がいる。

ボート競技(ローイング)という2000mを一番速く漕いだ者が勝利を手にする、シンプルかつ大迫力のスポーツのアスリートだ。
リオオリンピックにも出場した日本トップレベルの選手である。
そんな彼は昨年3月、惜しまれながらも一線を退いた。


そして昨夏、突如として舞い込んだ現役復活のニュース。
ただし、それは”コースタルローイング”の選手としてであった。
しかもアスリートとしては異例とも言える、選手活動のためのクラウドファンディングを敢行したのである。
彼は何のために再び漕ぎ始めたのか。
見えてきたのは、スポーツの価値、アスリートの存在意義を問い続ける、一人の求道者の姿。

ーー「今回のクラウドファンディングは『スポーツって社会にとって必要ですか?』という質問をしたいという意味もありました」ーー

アスリートとして新たな境地へ向かう、中野紘志に迫る。


中野紘志(なかのひろし)
1987年生まれ。石川県金沢市出身。一橋大学卒。大学からボート競技を始め、2009年にはU23世界選手権で銀メダルを獲得、2016年リオオリンピックに出場した。
2020年に引退を表明したが、コースタルローイングの選手として同年に復帰。


オリンピックにまで出場したボート選手が、なぜ「コースタルローイング」という似て非なる競技で現役復帰したのだろうか。

ボート選手時代の中野氏

ーー引退から数ヶ月経った2020年8月ごろ、引退まで残り2ヶ月の4年生たちのために、母校の一橋大学でコーチをさせてもらっていました。

一橋もコロナの影響で練習ができない状況が続いていて、活動再開から最後の大会まで残り2ヶ月しかない4年生部員に対して、自身の経験を還元して少しでもいい結果を残してもらおうと考えていたんです。

ただ、教えていく中で「もう少しこうすればうまくいったのかな」と過去の自分自身を見つめるきっかけにもなりました。

これ以上なく頑張って、結果負けて終わったので、また同じ競技をやろうとは思わないけれど、ボート競技全体に対して新しい形で何かできることはないかと考えた時に、コースタルローイングという種目が頭をよぎりました。

コースタルの方がより自然の中でやるスポーツなので、一般の方にとってもより迫力があるように見えるということで、興味を持っていました。
またコースタルという別種目を通じて、今まで試したことのない「こうやったら強くなるのではないか?」という方法に取り組むことによって、よりボートを知ることができると思いましたし、コーチングをする上でも、自身も選手としていることでよりフラットに学生たちと関われると考えました。

ほとんどの大学のコーチの方がされているように、平日働いて週末にコーチング、と自分も思っていたんですが、性格的に一つのことに頭がいっぱいになってしまうので、それだったらスポーツ関係で生計を立てていくほうが、自分の中ではスッキリした生き方になるし、お世話になったボート競技の発展になるのではないかと思いました。


コースタルローイングとは?

主に海で実施されるボート競技。静水無風で行われる通常のボート競技の楽しさや厳しさに加え、波乗りとブイターンの面白さを追加した迫力満点の競技である。
2028年のロサンゼルスオリンピックへの採択も検討されており、日本でも今治において大会が開催されるなど、近年注目されているスポーツである。

コギカジの「真髄」シリーズでも過去に取り上げているので、ぜひこちらの記事もご覧いただきたい。


アスリートとしては異例のクラウドファンディングによる選手活動資金の募集。
そこには人生を賭けた、1つの問いがあった。

NTT東日本で働いていた時もそうだったんですが、実業団として日本一になってもYahooのトップニュースになることはなく、検索してやっと出てくるページに3行くらいで「NTTが優勝しました」だけ書かれていて。
日本一になることは夢でしたし、達成できてすごく嬉しかったのですが、他の競技と比べると社会的な影響力が少ないように感じました。

チームとして全日本優勝が最大の目標でしたし、それを達成して会社の方々はすごく喜んで下さったんですけど、社会的にはどうなんだろう?という違和感が湧いてくるんです。

それが嫌だったのとそれでも給料をもらい続けている状況に申し訳ない気持ちが強くなったのが退社する理由の一つでした。

(その後中野氏はフリーの選手としてスポンサーを募り、活動。ボート選手のプロ化など様々なアスリートとしての在り方を模索。)

愛知県蒲郡での初の海上トレーニング

スポンサーという言葉に対して若干の違和感を持つアスリートは自分だけじゃないと思っています。

ご支援いただくのは嬉しいですが、一応自分も「社会人」。保護される立場ではなく、社会に対して還元をしていく立場と考えているので、当然、対価に見合った働きをする必要があると思います。

他のスポーツではチケットを売ったり、テレビに映ることで何かしら還元は出来ているかもしれないんですけど、ボートでは現状それができない。
では、ボート選手は社会に対して価値があるのか。自分自身の価値はどのくらいあるのか。
その問いかけと答えの模索、それがクラウドファンディングという形につながりました。

クラウドファンディングの募集ページの文章は、今自分で考えられるスポーツの価値として、他の方たちの代理戦争じゃないですけど代わりにスポーツの道をいくということと、来月はどうなるだろうといった成長や過程を楽しんでもらい元気になってもらうこと、という考えで書きました。

例えば、近くの公園で子供が”逆上がり”を練習しているのをふと見かけて、最初は全然できなかったのに、1ヶ月後見たときにやっとできるようになってニッコリ笑っているのを見ると、見ている側も嬉しくなって、自分も頑張ろうと思うじゃないですか。

スポーツの価値ってこれだと思うんです。

ボートという競技は、今はあまり報道されるスポーツでもないし、日本が世界的に強い競技でもない。
でもスポーツとしての価値はあるんじゃないかと信じています。

できなかったことができるようになる。
単なる個人的な変化に対して、感動が生まれ、社会的な活力になる。
もし自分の”逆上がり”に価値がなかったらなかったで諦めて引退をすればいいし、クラウドファンディングとして認めて頂ければ活動を続けられる。

今回、目標金額を達成させていただけたということで、多くの方が自分の”逆上がり”を応援してくださっているということが大きく実感できたので、自分の活動は社会的に価値があると思っています。 社会人として、ここからスポーツに携わる人たちの価値をさらに上げていきたいです。


ボート界への貢献、そして今後のコースタル選手としての活動について

ボートのおかげで今があるし、ボートと出会った人たちが、よりボートと出会えてよかったと思える様な環境作りをしたいと思っています。

ボート競技を普及させたいという気持ちはあることはあるんですが、それ以上に今ボートに携わっている人たちの充実度や幸福度を上げたい
その結果「なんかボートをやっている人ってみんな幸せそうだよね」と思ってくれる人が増えて結果的に競技人口が増えていく、という方向になればいいなと思っています。

それをコースタルや他の発信を通じてやっていきたいです。

例えば、自分がこうしたら上手くいった、こうしたらもっと上手くいくのではないか、ということを発信していく、とか。ボートに関する文献などは英語ばかりで日本語の情報は少ないですし、かといって実績のある指導者を招待するほど経済力のある団体も少ない。

また、そもそも日本にはプロの指導者が少ないのでどうしても情報格差が大きいように思っています。

学生にとっても、学びたい大学と入りたい強豪のボート部が違った時に、情報格差ができるだけ少なくなれば、学びたい大学でしっかり学べて、その大学のボート部が強豪でなくても、しっかり強くなれるのではないかと思っています。

今時はYoutubeなどで大体なんでも学べますよね。まずは自分も発信することで情報格差をなくしていきたい。それもコースタルの選手だからこそ言えることもあると思いますし、フラットボートの選手だと言いにくいことあるので(笑)。利害関係がないことも大きいですね。
→中野氏のYoutubeチャンネル

現状、そもそも発信しないと競技を見てくれないし、応援してくださる方も変化に気づけないので、競技をやることと発信をすることはセットだと思っています。

今後はどんどん海でのトレーニングを増やしていこうと思います。
愛媛や他の海に月に1回程度合宿に行く予定です。
他に海があればぜひお声をかけてもらえれば!


一度は現役を退いたものの、アスリートのあり方、そしてスポーツの本質を探求することで、新たな境地へ向かう姿、いかがだったろうか。
オリンピックの開催にも疑問符が投げかけられている今、スポーツに対する私たちの考え方も改めて見直すきっかけになるのではないだろうか。

これからの中野紘志という人間から、目が離せない。

ーー第2弾も予定しています。お楽しみに!





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