それでも一度きりの場所で〜コロナ禍と大学スポーツの今(②京都大学ボート部)

2020年インカレ 優勝の瞬間(男子舵手なしペア S山田 B若林) 写真:宅島正二様(日本ボート協会)

「コロナ禍での大学スポーツの今」として、それぞれの大学ボート部がおかれた現状や、コロナ禍での部の運営の工夫などを伝えるシリーズ、1回目の慶應大学ボート部(第1回記事はこちらから)に続き、第2回となる今回は関西国立大学の雄、京都大学です。

昨シーズン、インカレ男子舵手なしペアで優勝も飾った主将の若林選手はじめ、部員の皆様に今シーズンへの想いやコロナ禍での練習の工夫を聞きました。

ボートが出来ない

大学のボート部といえば週に何日も合宿所に泊まり込み、毎日のようにボートを漕ぐ生活が主流だ。京大ボート部でも週5日合宿所に泊まり込み、朝晩合わせて週に11回の練習をこなしていた。

しかしコロナウイルスの感染拡大を背景に、大学から去年4月以降「部活動禁止」の要請が出されるに及び、滋賀県大津市にある部の艇庫も使用が禁止された。

ボート選手がボートを漕ぐという当たり前が奪われた。

若林主将
「活動の禁止期間は部屋で自重トレーニングをしたり、自宅周辺をランニングなどをして、選手各自でなんとか体力維持に努めました。それでも影響は大きく、活動再開後のエルゴスコアが10秒以上下がってしまった選手もいました」

ようやく部活が再開されたのが9月5日。

およそ5ヶ月もの間、琵琶湖に艇を浮かべることが叶わなかった。シーズン最終目標のインカレまでわずか1ヶ月しか残されていなかった。

空白の5ヶ月を埋めた「京大の漕ぎ」

およそ5ヶ月ぶりの水上。

当時3回生だった若林選手が乗艇したのがペア。相方は4回生の山田選手。ずっとボートを漕いでいなかった。当然、その不安は大きかった。

しかし二人は見事に艇上で感覚を共有していた。それは単にふたりの漕ぎの相性がいいというだけでなく『京大の漕ぎ』の影響が大きかったという。

若林主将
「コロナ前の冬場(20年2月頃)はフォアを週次で組み替え、並べを中心に練習していました。乗艇の度にポイントを絞り、チーム全体で漕ぎのイメージを共有しました。フィニッシュポジションでは『ボディーを使って押し出す』など、それぞれの動作にイメージを決め、選手全体に『京大の漕ぎ』の感覚を根付かせようという意図を持って練習していました」

それぞれのサイドを一人ずつが漕ぐペアでは、いかに選手間の動きを統一できるかが艇速への鍵となる。

その際、お互いの漕ぎのイメージの共有は非常に重要な要素だ。本来ならイメージの共有にも時間を要するところだが、それまでの練習で培った『京大の漕ぎ』を武器に、ふたりは5ヶ月間の空白を一気に埋めていく。

試合が目前に迫っていることもあり、練習は一気にレースペース中心へ。再開後も大学からは「1日3時間のみで同時に20人まで」という厳しい制約があった。それでも限られた時間の中で1000mなら8本、500mであれば最低10本以上など週6日、ハードメニューで自分たちを追い込んだ。ベストな1本をひたすら継続する。そのことだけに集中した。

若林主将
「エルゴを引く時間も全くなく、フィジカルもテクニックも全て艇の上で作り上げていきました。正直不安もありましたが、練習中に山田さんが『この状況でもし勝てたら、めっちゃかっこいいよな』と笑いながら言ってくれたんです。その言葉を聞いてから気持ちを完全に切り替えることができました。プレッシャーみたいなものも全くなく『とにかく漕ぎまくろう』という山田さんの提案に『ここまできたら、やってやるか』という気持ちになれました」

漕手の気持ちに応えるように、艇は速度を上げていた。

掴んだ日本一と芽生えた想い

インカレに先立ち開催された10月初旬の全日本選手権でふたりは自信を掴む。

実業団クルーのNTT東日本には惜しくも敗れたが、全日本選手権で準優勝を果たした。9月末の西日本選手権にも出場するなど実践も重ねた。

若林主将
「練習中も試合でも中盤の漕ぎにはかなり手応えがありましたが、逆にラストスパートは十分ではない自覚がありました。全日本で3位の仙台大学は力強いラストスパートで終盤で差を詰めてくる印象があったので、中盤までに優位を固めてしまおうというプランで本番に臨みました」

そして10月末のインカレ では、予選を勝ち進み最終日のA決勝へ。

レース前の予想通り仙台大学にはラストスパートで2秒差に詰められたが、中盤からレースを支配していた彼らに分があった。目標としていたインカレで果たした「日本一」。

チームのみんなからおめでとうと言ってもらえて、とても嬉しかった」と若林主将は当時の素直な感情を振り返るが、喜びの一方で別の気持ちもあったという。

若林主将
「自分が頑張れたのは、チームの仲間があってこそだし、支えてくれた人のおかげという気持ちもありました。嬉しさの中に、『自分たちのクルーが勝っても、チームとして勝ったわけではない』という複雑な感情もありました」

ペアで学生日本一を掴み取った歓喜の中で、今シーズンに繋がる想いも芽生えていた。

山田選手と若林選手

「みんなで勝ちたい」テーマは「自主性と多様性」

その後、主将となった若林選手が掲げるチーム作りには日本一に輝いた際に抱いた想いが強く反映されている。

若林主将
「ペアで優勝してから、『みんなで勝ちたい』という気持ちがさらに強くなりました。昨年は自分の出場したペアが結果を残しましたが、もっとチーム全体で喜びを分かち合いたいという思いが強くなりました。『全クルーでインカレ最終日出場』という目標に一番こだわりを持って練習しています」

コロナ禍で引き続き活動は厳しい制限を受けている。しかし今シーズンは、これまでにも増して積極的にそして自由な発想で部活動に取り組んでいるという。

若林主将
「ガチガチに無理やり同じ方向に向かわせるというチームワークは、京大のチームワークではないと思っています。京大のボート部は良い意味でみんな考えていることがバラバラなんです。でも一人ひとりとちゃんと対話し、一つにまとまっていくのが僕たちならではのチームワークだと思っています」

その言葉の通り、新年度を迎えた京大ボート部は今年から幹部を中心に様々な取り組みをスタートさせている。

練習拠点を「分散」と「シフト制」導入

まず取り組んだのが練習拠点の「分散」だった。

コロナ禍で一番影響を受けたのが、合宿所兼艇庫である瀬田の拠点への出入りの制限だった。宿泊禁止となり、練習のたびに京都と滋賀の間を移動しなければならなくなり、練習時間の確保が課題となった。そこで大学の講義後に移動なしで練習できるよう大学の敷地で練習スペースを確保した。三密を避けるため屋外にエルゴを配置しているという。

大学構内での練習風景


さらにオンラインを活用し、それぞれの自宅でも質の高いトレーニングを行えるよう工夫した。自宅からはオンラインで時間を合わせて一斉に体幹トレーニングをし、瀬田では乗艇練習を実施。拠点を瀬田の艇庫、大学、そして自宅と分ける「感染対策」だった。

練習が3拠点に分かれたことで、これまで以上に重要になってくるのが事前の計画だ。

成り行きで練習に向かうと大学の規定をオーバーしたり、器具の不足などが発生する。そこで新たに「シフト制」という考え方を導入した。

宮原副将
「選手には2週間前に大学の講義や個人の都合を確認し、練習に参加できる時間帯を提出してもらうようにしました。所属クルーなどを加味し、限られた設備や練習時間の中でそれぞれの選手が抱えている課題に対し、いつどこでどんな練習をするのが最適かを考え計画を立てています」

またトレーニングだけでなく、食事の面でも様々な取り組みを実施している。

コロナ禍以前は練習直後に合宿所でサポートスタッフの作る食事を食べていた。京大ボート部には近隣の京都女子大学や同志社女子大学などで栄養学を専攻している学生もサポートスタッフとして所属し、体づくりに最適な献立を考え選手の体づくりを支えていた。しかしコロナ禍の影響で大学を跨いだ部活動の交流は停止。

艇庫の使用制限に伴い、選手各自が自宅や下宿先で自炊をしているのが現状だ。栄養不足になりがちな状況を課題視した伊藤副将が始めた取り組みについて教えてくれた。

伊藤副将
「(サポートスタッフの食事が食べられなくなって)始めたのがスタッフに自分の食事を共有し、アドバイスをもらうことです。Slack(チャットツール)にその日の食事を載せ、アドバイスをもらうようにしました。また旬の食材や体づくりに良い食材を紹介してもらい、それを自分の食事に取り入れるようにしました。やはり自分一人で考えていた時よりも効果を感じました。これまで個人的に行っていましたが、今後は4人ほどのグループにそれぞれ栄養部門のスタッフに入ってもらい、部員全体にこの取り組みを拡大していこうと思っています」

その他にも『Strava(ストラバ)』というランニングやバイクの記録を共有できるアプリで選手各自の練習負荷を見える化したり、女子漕手が新たにスイープ種目に挑戦したりするなど、コロナ対策以外にも伸び伸びと活動している印象だ。

椙山女子主将
「(スイープへの挑戦は)近畿マシンローの際に京大の艇庫に宿泊した一橋大学の選手と交流がきっかけでした。一橋大学は女子もいち早くスイープを取り入れて強くなっている印象で、自分の代になったら私たちもスイープに挑戦したいと考えていました。また男子も『京大の漕ぎ』で強くなっていくのを近くで見て、『これは乗っかるしかない』と思いました。今もチーム内で男子とも切磋琢磨しながら成長を感じています。7月の関西選手権では、きっかけになった一橋大や慶應大など戸田勢の参戦もあり、今から試合が楽しみです。」

コロナ禍でも選手ひとりひとりが自主的に考えた多様な発想が、チームに勢いを生んでいた。

今シーズンからスイープに挑戦している女子クルー

スタッフの仕事にも変化が

自主性や多様性は、選手だけでなくスタッフ陣にも色濃く見られる。

スタッフ陣の仕事は多岐にわたる。選手のフォームチェックなどに使用される乗艇の映像をモーターボート上か撮影することや、「エッセン(食事)」を作ったりという日々の仕事に加え、企画や会計など部の運営業務も担う。

例えば、主務の今井さんは東京大学との対校戦を企画する「東大戦部門」を、副務の西川さんは「会計部門」を担当している。かなりの仕事量になるが、コロナ禍でこれらの仕事内容も変化を見せているという。その一つが大学とのやり取りだ。

今井主務
「コロナ禍での練習継続にあたり、大学から活動計画書の提出が新たに義務付けられました。所定のExcelに、練習への参加人数や簡単な練習内容を記載して大学へ毎月提出しています。また試合に参加する際は、大学の定める『1日3時間で1箇所に20人まで』という規定を超えるため、その都度許可を得るための申し入れの書類を提出しています」

慣れない大学とのやり取りで苦労も多く、それまでの仕事や下級生に目が配れないこともある。そこを今井さんに代わって副務の西川さんがフォローするなど臨機応変に対応している。サポートスタッフも選手同様、臨機応変にコロナ禍の状況に対応し、部を支えていた。

4回生スタッフの皆さん

コロナ禍だからこそ、繋がりを強めたい

「コロナ禍」の中でも選手、スタッフが一丸となり勝利に向かう京大ボート部。
チームをまとめる若林主将は、主将になってから大切にしている考えを教えてくれた。

若林主将
「主将としてチームをまとめる時に、コロナ禍というのはやはりひとつの大きなテーマでした。艇庫での生活がなくなって、どうしても選手の交流が少なくなっているなというのはひしひしと感じていました。でも自分が練習を頑張れるのはなぜかと考えたときに、やっぱり周りの選手やスタッフが頑張りを感じるからだと思いました。決して自分のメンタルの強さではありません。だからこそ繋がりが希薄になりがちなこの状況でも、部員同士の繋がりをなくしたくないし、むしろ強めたいなという気持ちが自分の中にありました」

若林主将
「そう考えた時、自分の中で改めてやろうと思ったのが、当たり前かもしれないですけど、一人ひとりにきちんと向き合って会話しようということです。能動的に毎週誰かを食事に誘ったり、自分の好きな銭湯に一緒に行ったりしています。感染対策には注意しながらも、今まで以上に部員一人ひとりとの会話を絶やさないように直接話せる機会を作るようにしています」

年頭挨拶で若林主将が掲げたのが、昨年度幹部から想いを引き継いだ「凡事徹底」。

コロナ禍でもチームワークの基本であるコミュニケーションを疎かにしない。「みんなで勝ちたい」という想いを語った主将の有言実行と言えるだろう。

最後に今年に懸ける勝利への思いを聞いた。

若林主将
「こだわりが強いのは、やはり全員が最終日に進出することです。成し遂げられればそれは今年だけの結果ではなくて、これからの京大のボート部の強い礎を築くことに繋がる思っています。インカレクルーがまだ決定できないなどコロナ禍で不透明な状況ではありますが『全員で最終日』というところにはこだわりを持って最後まで頑張りたいと思います」

コロナ禍でも強めた繋がりを武器に京大ボート部が今シーズンのラストスパートに入る。

艇庫のある日々が懐かしい(取材後記)

彼らのボート部としての闘いは、簡単に自分のそれと比較することができないほど苦労がありました。自分の力ではどうしようもない大きな環境の変化。その変化に翻弄されながらも、それでもできることを次々と考え実行する力強さに今回触れることができました。話を聞かせてもらった自分は、果たして日々の仕事や生活で、必死にボートを漕ぐように生きられているか、しっかりと闘えているのか、ということを改めて自問する機会にもなりました。

プロのアスリートではないけれど、その想いや漕ぎに触れると力をくれる。そんな部活に励む彼らの力に、少しでもなれたらという気持ちを持ちました。ただ速くなりたい。そのことだけを、純粋に追い求める姿には、社会人になってしまった自分から見ると、ある種の視野の狭さや危うさも感じますが、そこがプロアスリートにはない「部活」の魅力だなと思いました。誰とも何の契約を交わした訳ではないけれど、自分の想いに沿って仲間と強くなる。自分もいつかはそんな体育会のボート選手だったなと、少し不思議な感慨と共にいろいろなことを思い出しました。艇庫での日々が懐かしいです。

今後も大学ボート部のみならず、ボート界で想いを持っている方や団体を取材をさせて頂きたいと思っています。頑張っていい記事を書いて、ボート界での情報共有を活性化したり、モチベーションになれたら幸いです。お話を聞かせてくれる関係者の方いらっしゃいましたら、ぜひお気軽にコギカジ までご連絡ください。(kogikaji.obh@gmail.com

そして、もう一度ボートのある日々を送りたい方には、OBH(オンラインボートハウス)という選択肢もあります。OBHは『ボートは最高のスポーツだ。』という想いのもと、生まれたオンラインの艇庫です。誰でもいつでも自分のペースでボートに関わることができます。自分もOBHのおかげで、今回取材をして、記事を書くことが叶いました。ご興味があればぜひこちらにも参加していただけたら嬉しいです!OBHへの参加はこちらから。(https://community.camp-fire.jp/projects/view/337446?list=search_result_projects_popular

共にボート界を盛り上げていきましょう!

(取材後記 原田)



1件のコメント

京都大学の取り組みがわかりやすくまとめられ、彼らへの理解、興味が湧きました。次のインカレでの結果が楽しみです。
心地よい取材後記含めて面白かったです。

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