悔しくて笑いたくて漕いでいる〜コロナ禍と大学スポーツの今(③大阪市立大学)

「コロナ禍と大学スポーツの今」として、それぞれの大学ボート部の現状や、コロナ禍での工夫などを伝えるシリーズ、第2回の京都大学編 『それでも一度きりの場所で』 に続き、第3回は大阪市立大学ボート部を取材させて頂きました。関西圏の中でも、活動制限が特に厳しかったという大阪市立大学。主将の安田選手、女子主将の柏木選手、主務の長谷川さんにお話を伺いました。就活など学生の分岐点も含め、”リアルな部活の今”に迫りました。

次”っていつだろう(プロローグ)

「切り替えて、次頑張ろう」 と声をかけていた。

同時に内心では「”次”っていつのことだろう」とも思っていた。大学からの試合出場禁止の連絡に、肩を落とす後輩たち。この新人戦は出してあげたかったが、どうしようもなかった。後輩にかける言葉が見つからず、当てのない”次”を口にして、みんなに我慢をお願いするしかなかった。一つ一つの試合が最初で最後。本当は「次」はない。

そんな悩みを抱えている安田選手自身も、このコロナ禍で我慢と闘っている当事者だった。

2021年シーズン 主将の安田選手

0.15秒に泣いた秋

2020年10月のインカレ。大阪市立大学は法政大学に惜しくも0.15秒差で敗れ、準決勝進出を逃した。4回生が引退し、新主将に就任した安田選手は、その0.15秒の差を埋めるべく意気込んでいた。彼自身も3回生ながらそのエイトクルーの一員だった。

安田主将
「昨年は悔しい思いもしましたが、4回生の熱意もあり手応えのあるシーズンでした。今度はその感謝を胸に、自分たちが勝って恩返しする番だと思いました。大阪市立大学は2016年シーズンに、インカレエイトで7位に入賞したことがあり、それを超えるべく『6位入賞』を目標に新年度をスタートさせました。でも頼もしかった先輩漕手5名とCOXの抜けた穴はとても大きく感じていました。」

2020年シーズンの対校エイト

(S 永田 7喜虎 6細見 5吉山 B伊地知 COX杉崎の漕手5名COX1名の計6名の主力選手が、20年のインカレ で卒業となった。新年度残ったのは、安田、前野、近藤の3名だけだった。)

しかし弱気になりそうな安田主将の背中を押したのは、冬場の練習で急激に成長を遂げている2回生(今シーズン新3回生)の存在だった。

先輩たちの引退後に頭角を現し、特に成長の著しい4名の漕手と2回生COXでフォアを結成。(S前野 3阿茂瀬 2近藤 B香川 COX堀)桜ノ宮でのレース形式の練習では、過去に全日本新人でメダルを獲得した先輩たちとも遜色ないタイムを出していた。そして12月、大阪府高石市にある浜寺漕艇場で予定されていた試合は、力試しの場としてはこれ以上ない機会だった。

去年コロナ禍で思うように試合に出られなかった気持ちも、このレースにぶつけようと選手たちは意気込んでいた。

そして前日。最後の練習を終えたとき、艇上の誰もが手応えを感じていた。後は本番で思う存分暴れるだけだった。練習後、大切に艇を積み込んだトレーラーが浜寺漕艇場に向けて出発した。

2回生の力強い漕ぎは、シーズンの結果に直結するだろう。明るい予感を秘めた彼らの新年度が、今まさに幕を上げようとしている。

大学の学生課から電話があったのは、その直後だった。

突然の知らせ

長谷川主務
「『学生の中でクラスターが発生し、急遽部活動の全面禁止が決定された』という連絡でした。明日からの試合も欠場して欲しいという連絡に、すぐにはそれを受け入れることができませんでした。大学の申し出に対して、なんとか出場させて欲しいとお願いをしました。それでも『引退試合を欠場することに決めた部活もある。本当に申し訳ないが、ボート部だけを優遇することは難しい。なんとか受け入れてもらえないか。』と説得され、申し出を覆すことはできませんでした。」

部員たちは桜ノ宮に引き返してきたトレーラーから、言葉少なく艇を積み下ろした。未知のウイルスに対して、ボート部ができることはあまりにも少ない。2020年12月、部活動は再び禁止となった。

その月は完全に乗艇できず、21年1月以降も、時間制限付きで練習再開となった。(1日1部練で、週5日までなど) 大学から出される制限に対しては、冷静に状況を判断しつつ、緩和を求め独自に交渉も続けたという。マネージャーも難しい判断の伴う闘いに立ち向かっていた。結果として規制が緩和されたこともあったが、それでも身のある練習を継続することが難しい期間が続いた。

右:主務の長谷川さん 左:同期マネージャーの山﨑さんと

当時を振り返って安田主将が苦しい記憶を語ってくれた。

安田主将
「12月に部活動停止になった際は、部全体でもモチベーションを保つのに苦労しました。ボートを漕げないのはもちろんですが、部員のみんなに会えないことも辛かった。そして年が明けると、就職活動でバタバタしたりと、気持ちを維持するのが難しかったです。それでもなんとかいい状態で春を迎えたいと、必死で冬を耐えていました。」

その状況下で安田選手はじめ、4回生にとってはラストシーズンが幕を開けようとしていた。

しかし無情にも、21年4月。コロナウイルスの感染拡大に伴い、再び艇庫での練習が禁止となった。

目の前が真っ暗になるようだった。安田主将が教えてくれたのは、心の折れそうな闘いだった。

忘れないでいよう

シーズン直前のこの時期にボートに乗れない。一度しかないラストシーズンがまさかこんな形になるとは。

気持ちの整理が追いつかず、前に進めない自分がいた。でも社会のイベントだけは淡々と進んでいく。春が来て、就職活動も本格化。将来についても考えないといけない時期だろう。でも今はとにかく周りに流される格好で、就活に追われている。最近では誰かが内定を獲得したと耳にし始めるようになったが、自分は志望業界もまだはっきりとは決まっていなかった。

オンラインの説明会や面接は何度やっても慣れなかった。イベントや座談会に参加するたびに、どっと疲れだけが押し寄せた。ひとりきりで部屋のなか、慣れないスーツから着替えて、そのままオンラインで部活をする。隣人に気を配りながら、音を立てないように重りをあげたり、気配を殺して体幹トレーニングをする。「どんどん想像していたシーズンが遠ざかるな。」毎日そんなことばかり考えていた。

オンライン上での練習が始まって「じゃあ、体幹からやるでー」と、COXがタイムキーパーを務めてくれる。開始の合図があり、うつ伏せで腰を浮かせて、ひじと爪先で自分の体重を支えた。黙って姿勢を維持していると、さっきまでのオンライン面接のことがぼんやりと頭に浮かんできた。今日もあまりうまく話せなかった。

「安田さんが、学生時代に一番力を入れて取り組んでこられたことはなんですか。」

毎回この質問をされる。俗にいう”ガクチカ”というやつだ。

「今年はコロナ禍ということもあり・・・」と前置きしたエピソードでなんとか間を埋めた。自分で聞くその声は弱々しくて、面接中でもボートを漕げていない焦りが立ち込めてきた。

それから自分の部屋は電波が悪い。契約している格安Wi-Fiに期待するべくもないが、画面越しの面接官とはいつもテンポが合わないし、ひどいときには相手が完全に静止した。

面接官の話の途中で音声が突然切れて、静かになった部屋にひとりにされる。画面越しの相手と必死で会話していたさっきまでの自分が客観視されて、馬鹿馬鹿しい気持ちになった。なんでこんなこと必死にやってるんだろう。ほんとはボート漕がなきゃいけないのに。

半目を開いて不自然な表情で固まっている面接官を眺めながら、このままミーティングを切ってしまおうかと思った。そして実際にそうした。面接もあと5分で、社員側への逆質問を残すのみだった。苦労して再接続するまでもないだろう。面接官には、電話してお詫びを伝えておいた。通話を終えてすぐ、スーツ姿のまま背後の布団に寝転んだ。

できれば今は他人にボートの話なんかしたくない。でも、いまの自分からボートを差し引くと、ほとんど何も残らない。面接で自分について聞かれれば、やはりボートのことしか答えようがなかった。次の面接はいつだっけ。スケジュール管理もろくにできないのに、来年から社会人として本当に働けるだろうか。「ラスト10秒。耐えていこー。」とスマホからCOXの声が聞こえた。それで我にかえった。そうだ今は練習中だ。

それにしても、下宿の床を見ながら、体幹の姿勢を維持しているこれは、果たして体育会ボート部の活動なのだろうか。だんだんと訳が分からなくなってきている自分がいた。

「3、2、1。はい、終了ー。」タイムキーパーの声がセット終了を告げた。音割れして大音量だ。接続が悪いかと思ったら、急につながって爆音が出たりする。セットが終わり、部員たちが、あー、とか、うー、とか、思い思いの苦しそうな声を漏らしている。隣人からうるさいぞと苦情が来ないように、慌ててスマホの側面のボタンを連打し音量を下げた。手に取ったスマホの向こうに、自分と同じく汗を拭う仲間の影が見えた。「次がラスト1セットやで。もうちょっと、がんばろな」COXの声が励ましてくれる。

そういえば、「もうちょっと」なんだよなと思った。

泣いても笑っても、四六時中ボートのことを考えて生きる生活なんて、ほんとうにもうちょっとかもしれない。いやきっとそうだろう。

ボートなんて全く知らなかった大学1年の春。まさか3年後に、こんなことになるとは思ってもいなかった。当時は勧誘をしてくる先輩が、ボート競技のことを熱く語ってもよく分からなかった。それでもその「なんだかよく分からないボート」を漕いでいる先輩が、魅力的だということはわかった。はっきりとわかった。

ボート競技自体よりもボート部の人に惚れた。

入部してからここまで続けられたのは、競技の魅力以上に、部の仲間と雰囲気が好きだというのが大きい。吐きそうになるくらいきつい練習も、4時30分の起床も、そして何よりこのコロナ禍でのひたすらに耐える日々も、やはり仲間がいたから頑張れたと思う。今だって画面の向こうに映る姿がなければ、とっくに投げ出しているだろう。

「じゃあ、そろそろ最終セットいくで」COXの声にたくさんの部員が応じている。短い雄叫びをあげるもの、ふざけまじりで奇声を発しているもの、それを聞いて笑っているもの。そうだ、自分たちはまだ大丈夫だ。そして何より、「ひとりじゃない。」

離れていると、つい薄くなるその気持ちを、忘れないでいようと思った。力をもらいたい。スマホの音量を控えめにひと目盛りだけ上げる。

過ぎたことは仕方ない。他と比べることも意味はない。自分はとにかくこの部屋で、画面越しに仲間とできることをやろう。それ以外、もう考えるな。

画像は荒く、音割れだってひどい。それでも微弱な電波が、自分とボートを繋いでいた。

次の最終セット。タイムキーパーが終了を告げても、限界まで姿勢を維持しようと思った。

新しいゴール

艇庫での練習を再開できたのは6月12日からだった。想定外のことだらけだが、勝利へこだわるため、男子は従来目標としてきたエイトを崩し対校フォアを結成することになった。7月の関西選手権では、急造クルーにも関わらず、全体で4位入賞という好成績を収めた。そして今は9月のインカレで、最終日(8位入賞)を目標に練習に取り組んでいる。

主将の安田選手の胸の内を占めているのは、悔しさだという。

安田主将
「主将になった当初から想いを持っていたエイトを崩す結果になって、やっぱり悔しさもあります。思えば去年0.15秒差でインカレで負けてから、ずっと悔しい気持ちを抱えてここまできました。その想いのまま終わるわけにはいかないので、部を代表して、覚悟を持って最後のインカレに臨みたいと思います。」

困難な状況が次々と押し寄せてきて、何度もやめようと思った。それでもこのままでは終われないという悔しさが、今は彼の原動力になっている。仲間の思いも背負い、優しい主将が最後の試合に向かう。

2021年対校フォア  関西選手権では、4位に入賞した。(S 阿茂瀬 3 前野 2 近藤 B 安田 COX 是常)

最後に笑いたくて

同じ頃、女子クルーも壁にぶつかっていた。女子漕手は全部で6人。ダブルを3艇結成し、女子主将の柏木さんがチームを率いている。

右 女子主将の柏木さん(当時2回生) 左 女子副将の繁さん(当時2回生)  2019年の全日本新人にて

柏木さんが特に気にかけているのが、去年入部してくれた現2回生の存在だった。本来なら4月〜5月ごろの入部時期が、コロナ禍での新人勧誘の制限で半年以上も遅れていた。

柏木女子主将
「本当はもっと艇の上で伝えたかったことがあるのに、それが全然できていなくて、焦りをずっと感じていました。本当ならもっと練習できていた自分たちや、力をつけている他大学のことがどうしても気になってしまい、つい厳しい練習をお願いしてしまいます。
もしかしたら、『なんでこんなしんどい練習せなあかんねん!』と心の中で思っているメンバーもいるかもしれません。(笑) そういう気持ちになっても当然だと思いますが、でも実際にはぜんぜん文句も言わないで、むしろ前向きに練習してくれています。本当にメンバーには助けられています。

そんな柏木さんは先日の関西選手権でダブルで3位に入賞するなど、練習の遅れを取り戻しつつあった。

ボートに燃える女子主将に、「今シーズンの目標はなんですか?」と伺ってみた。

柏木さんの答えは、ちょっと意外なものだった。

先日の関西選手権でダブルで3位に入賞した(右:柏木さん 左:3回生 井上さん)

柏木女子主将
「このシーズンが終わった最後の時に、『みんなで笑っていたい。』というのが今の目標です。それは自分たちの代が始まった時から思っていたことなんです。去年から色々と大変な状況になって、本当に一時は『ボートよりも命が危ない』なんて思うところまで、大阪の状況は悪化していました。本来なら強くなるためにとか、何かの大会で優勝したりすることを目標にすると思うのですが、何もかも思うようにいかない中で、少しずつ気持ちが変化していきました。

今はとにかく『笑って終わりたい。』その一心で漕いでいます。」

「いろいろあったけど、ボート部でよかったね。」

そんなありきたりな言葉さえ今年はとても遠く感じるということが、柏木さんの話から伝わってきた。

でも試合への思いを語る柏木さんや安田さん、そして漕手を懸命に支える長谷川さんたちの言葉には、諦めとは違う、爽やかさと力強さがあった。


悔しくて笑いたくて漕いでいる。そんな彼らの漕ぎもいつか報われほしい。
そしてシーズンが終わったとき、笑っていてほしい。
そう願いながらこの記事を書きました。

(取材 記事編集: 原田)

2021年 関西選手権での集合写真

取材後記

今回初めて取材に関わらせていただきました。市立大学の皆さんは練習と練習の合間のリラックスした表情で私たちを迎えてくれました。清々しい自然体な彼らの話しぶりには、どこか力強さがありました。その力強さは、自ら考え、実践したという自信の表れだったのではないかと思います。

彼らの話には、「自分たちで考えて、監督や大学に交渉した。トレーニング、ミーティングのやり方を工夫してモチベーションを高められるようにした。自分はこのやり方の方があっていることに気づいた。」などの言葉がありました。専門的な知識をもつ指導者の指導を受けることは、もちろん競技の向上には欠かすことのできないものです。しかし、親や教師、コーチの言うことをやるだけではなく、それらも踏まえながら、試行錯誤して取り組む過程は、勝敗の結果だけではない他の何にも代えがたい自分たちの財産になると思います。そしてこのような自分たちで考え、決断し、挑戦するという経験は、社会に出る前段階にある大学生だからこそできるものであり、大学スポーツの意義の一つではないのかと個人的には思うのです。

コロナ禍において、予想外の出来事は数多くあり、時には落胆することもあり 。しかし…、暗い顔をしていても仕方ない、今目の前にあるこの環境でいかにベストを尽くすかということを誰もが考えた1年、そして現在だと思います。彼らの前向きな想いから私もまだまだできることはあるなと励まされました。落ち込んでも腐っても、また次に進むエネルギーを拾い集めていく、その一つにコギカジもなれたらなぁと思います。市立大学の皆さん、そして日本のボート界の皆さん、いつも励みをありがとうございます!
(取材後記 落合)

「うちの部活も記事にして欲しい!」というボート部の方がいれば、ぜひコギカジ までご連絡ください!オンラインでお話を伺い、皆さんのモチベーションの上がる良い記事にしたいと思っています。
コギカジ のメールアドレスはこちらです。ぜひお気軽にご連絡ください。(kogikaji.obh@gmail.com)

「ボート部を卒業したけど、ボートのある日々を取り戻したい。」「今学生でボートをやっているけど、もっとボートに関わりたい」という方がいれば、OBH(オンラインボートハウス)もぜひよろしくお願いします!『あのときの、これからの、熱狂を』(OBHはこちらから)



2件のコメント

コロナ禍でのボート部員のやるせなさや苦悩が伝わってきます。現役の彼・彼女らは、自分達のそれとは比較にならないぐらい困難な状況に立っているのだと改めて考えさせられました。
だからこそ、そんな状況の中でも懸命に活動を続ける姿は、より一層爽やかでドラマティックに見えます。試合で頑張る彼・彼女らを応援しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA