“Road to LEGENDs.”
今この瞬間、まさに伝説に向けて歩みを進める
オアズパーソンたち。
彼ら彼女らの歩みに迫る、LEGENDs.の派生シリーズ。
日本最速のタイムを叩き出したNTT東日本エイトクルー。
その船頭としてクルーを導いたのが、今回お話を伺うCOXの佐々野選手だ。
NTT東日本入社の背景から、オリンピックに対する考え、そしてCOXへのメッセージまでいただくことができ、非常に内容の濃い時間となった。
ボリューム満点ではあるが、ぜひ最後まで目を通していただきたい。
それではご覧いただこう。
目次
1. ボートを始めたきっかけとNTT東日本入社のきっかけ
ボートを始めたのは、「たまたま」と佐々野選手は語る。
ー「入った高校でたまたまあったのがボート部で、弓道かボートで悩んだんですが、初めてボートに乗った時に楽しいなと感じて、何となく入ってみたんです。そして当時は自分がまさか漕手の目の前に座っているCOXになるとは思っていなかったですよね。お前はこっちだ、と言われてほぼ最初からCOXをしていました。」
佐々野選手はその後、国立大学旧帝大の一角をしめる名門、東北大学の門戸を叩くことになる。インカレでの最高成績はエイト4位。曰く、当時はそこまで目立った選手ではなかったようだ。しかし卒業のタイミングとNTT東日本のCOX募集の時期が運命のごとく被った。
ー「大村さん(NTT東日本前COX)が引退するタイミングで、COXの採用があると知って、こんなに魅力的な話は無いなと、どうせやるなら自分にしかできないことをやりたいと考えました。COXの選考なんて10年に一回くらいしかないじゃないですか。その年度で卒業するCOXしかチャンスがないわけです。大学でボートが終わるとなったら次にやりたいことも特になかったので、他のことは何も考えなかったですね。
もともと、自分がそんな高校、大学と(ボートにおける)成績があったわけでもないし、日本のエイトで世界で勝つとかもそんなにイメージできなかったんです。
明確に目標があって入ったわけではなく、漠然と、「全日本エイトで勝つ」ということですね。大学生の時は全日本選手権にエイトで出たこともなかったので。あとは本当に、ボートができるならやりますというところと、監督の田辺さんが人格者でそれに惹かれたことが大きいです。この人のもとで、何か達成に向かうことを一緒にできるのだったらいいなと思いました。入社を希望する即決ポイントでしたね。」
2. オリンピックへの意識
今回の日本記録更新を受け、ボート界では「日本がオリンピックでエイトを目指す」ことに対して賛同する意見が多く見られた。あくまで日本ボート協会は挑戦を見送る方針だが、当事者である選手はどう感じているのだろうか。
ー「入社した頃(2014年)は、『自分がオリンピックに行くんだ!』とは思っていなかったですね。世界に行きたいとは思っていたけど、強化方針もなかなか出ないし、自分たちが国内大会でタイムも出していなかったし、言ったらまだ当時は絶対に国内でナンバーワンというわけではなかったので、絶対に出る!とも、俺が日本のエイトを世界に連れて行くんだ!とも考えられていなかったですね。イメージできなかったです。
1年目で、ワールドカップ遠征に帯同させてもらって、生で初めて海外特に欧米の選手を見て、身体の大きさに驚きました。こいつらに勝てるのか?って。
もともと、自分には才能がない、努力型だと思って生きてきたので、どこかでフォルダ分けをしていたんですよね。努力でなんとかできるフォルダと、才能がなければどうにもならないフォルダ。日本では努力すれば上位に食い込めるかもしれないけど、世界で戦うのは無理だ、って。今では、自分で勉強して外部の教育プログラムで学んで、それは過去に自分が形成しただけで無意味・幻想だとわかっているんですけど、当時は、オリンピックに行くのは才能があるやつだと思っていましたよね。」
コギカジ「いつ頃から、自分の中での気持ちの変化が現れてきたんですか?」
ー「2016年、現監督に変わってからは大きかったですね。林監督が就任して、エイトでオリンピックに出ようと言ってくれた。全日本選手権で連覇をして、国内では不動の地位になりました。日本ボート協会に要求し始めたのは、2018年くらいからで、その意味ではそれくらいから(オリンピックを)意識をしてるんですよ。
オッ盾(オックスフォード盾レガッタ)で40秒を切りましたが、実はこれは意識の変化には関係ないです。外的な条件さえ整えば切れると思っていましたから。」
またNTT内の選手たちの想いや考えについてもこう語る。
ー「乗っていたメンバーが、全員がオリンピックのエイトのメンバーを目指しているかというと、そうではないんですよね。
新記録を出したエイトのメンバーが全員、スイープで選考にのぞむかというとそうではないわけですよ。普通に、軽量級のシングル(一人乗り)でエントリーしますから。
チームとして掲げて目指してはいるけど、実際には出場までのスキームが確立されていない中で、だったら軽量級のスカルでオリンピックを目指すと考えているメンバーも一定数います。当然のことだと思います。目指してはいるけど、本当にチームとして『絶対にエイトですよ、他の考えは排除しますよ』ということではないですね。それは監督の、個人の意思を尊重する方針です。
ただ、上位メンバーからエイトを組みますよというと、絶対にそうしてくださいねというと、それならエイトで行きますという人、否定しない人もいるかもしれません。
また別の話で、日本代表を2019年のW杯第1戦に派遣するとなった時に、全日本選手権と日程が非常に近かったので、代表としてペアでW杯に出場するか、全日本のエイトに注力するかの選択を迫られた選手が2人いたんです。話の前後関係や正確な経緯は記憶していませんが、もともとW杯第1戦には派遣しないと言っていたが、派遣するとなった。それで、『チームでエイトに乗って、世界を目指すこと目標にやります』と言って、代表を辞退したんですよね。それは僕の中ではかなり大きかったですよね。彼ら2人にとっても望んだ形や結果ではなく悔しかっただろうけど、力を付けられたし、使命感を新たに持った出来事でした。」
コギカジ「そうだったんですね。今現状としては、エイトでオリンピックに出たいと思っている選手も一定はいらっしゃるということですか?」
ー「それはもちろんです。リオが終わった時点で、軽量級スイープの選手はその後どうするんだという話です。体重を基準にして種目を変え、軽量級のスカルでやるのか、競技を基準にして種目を変え、オープンのスイープでやるのかしかないですから。80kg行くか行かないかくらいの体重の選手が日本のボートでは一番多いじゃないですか。だったら、みんな集めてエイトを組めばいいんじゃないという考えです。
僕自身も、ずっと世界には行きたいと思っていますよね。諦めてる諦めていないとかは別として、世界には行きたいと思っています。ずっとアジア止まりだったし、出ないと終われないですよ。なんのためにやっているかわからないじゃないですか。日本代表としてエイトをW杯や世界選手権に派遣しますよということをボート協会は言わないので、選手側が盛り上げるしかなかったわけです。」
ただ、彼ら自身も周囲からのオリンピックへの期待については冷静に見ているようだ。
ー「タイムに関しては、正直1年遅かったなという感じです。2018年の段階であのタイムが出ていれば、2019年の世界選手権まで丸一年あったので、色々と動かせたと思うんですが。
言っても38秒じゃないですか。世界で、ドイツやイギリスと互角に戦うには10秒足りないんです。おそらく上位6カ国の決勝という基準も5秒以上は足りない。現実はそうですよね。
ただ、挑戦してはいけないかというと、そういうわけではないと思うんですよね。
去年の世界選手権で言うと、自分らはBファイナル(7−12位)ではビリにはならなかったと思うんですよね、ロシアには勝ったと思う。カナダ・イタリア・ルーマニアとどれくらい並んでいたか、というところです。
やっと結果が出たなとは思いますけど、やっと出せたなというくらいで、オリンピック近付いたなとはならない。日本最高タイムは一つ材料にはなるけど、そもそも35秒を切っていないし、これから切れないかと言われると切れると思いますけど、対外的にアピールをするには充分ではないですよね。
ただ、ボート協会が派遣基準として用いているワールドベストタイムに対するパーセンテージにおいては、男子エイトは他種目に比べても高く、国内レースでの達成度はトップレベルです。その点においては、なぜ他種目が派遣されて、エイトはその対象ではないのか疑問ですし納得はいかないですよね。こてんぱんにやられたとしても、そうやって強くなっていくんだから、異次元のスピードを体験するためにも、派遣させてほしいですよね。」
3. 最速タイムへの道程
長年誰もなしえなかったエイトでの5’40’’切り。今回NTT東日本がなぜあの記録を打ち出せたのか、その取り組みについて佐々野選手はこう語る。
ー「要因はすごくたくさんあると思います。みんながんばってますよ。個人の力もここ数年で伸びています。
チームとして、という観点では、私が入社した当時は、17時まで勤務して、各ビルから戸田に集まって18時半ごろから練習し、終了は21時前後。就寝は早くて23時ごろだったんじゃないですかね。で、翌朝は6-7時くらいには起きて、8時半から勤務開始。なので回復が追いついていなかったと思うんですよ。怪我人も今より多かった。そこが改善されたのが1つ。
あとは、外部トレーナーに来ていただいて実施しているフィジカルトレーニングの効果もあると思うし、最近はマッサージをしてくれるトレーナーも毎日ではないですが定期的に帯同してもらっているので、怪我をしにくい環境を整備してもらっていると思います。
トレーニング量も、以前までは例えばUTでは平均15kmだった練習が18kmくらいになっています。
私個人は、2018年の2月頃から脳科学・心理学系のプログラムを受けているのですが、それでもパフォーマンスは上がっています。」
コギカジ「具体的にどのような変化があったのですか?」
ー「アメリカ発のもので、NASAやGoogleも取り入れているものなんですが、プログラムの中では、問答を通して自分を探求するんです。そのうちに自分がどんな人間なのか、信じられないかもしれませんが、全く知らない自分が見えてくるんですよ。アスリートのみなさんは、日々困難に直面して苦悩して葛藤して、そのおかげで、自分のことはよくわかっていると思っているじゃないですか。思っているんですけど、実は全然違って。
例えば船に乗っている時の発言って、すごく受け手のことを思って言っているつもりだったんですね。こっちのサイドの選手にコメントするけど、逆サイドの選手がそれをどう聞くのかにも配慮して…とか。でもそれは実は自分がどう思われるかしか気にしていなかった。気を遣えないやつだとか、能無しだとか、分かってないとか、思われたくない。
『佐々野は言うことは的確なんだけど言うのが遅い』とずっと言われていて、それを克服するためには、感覚に繊細になって、言葉にするプロセスを短くして…と思ってたんですが、解決策はそこではなかったんですよね。
他にも、1000mまでリラックスして漕ぎましょうねと努めて言っているんですけど、心のどこかでがんばりましょうねと言ってしまっているんですよ(笑) トーンや調子、喋る速さに出ているんだと思います。ずっとイーブンペースを目指してたんですけど、僕がそれをさせてなかったんですよね。それで、自分が本当に、『がんばらなくていい』ってリラックスをしてリードすることができるようになった時に、イーブンのペースが作れるようになりました。もちろん、僕だけの要因ではないですけど、オッ盾では、そこを意識したコールができました。」
4. 佐々野選手のコール動画は真似するな!?
ご存知の方も多いかもしれないが、佐々野選手はご自身のコールの記録をyoutubeにupしている。(リンク)
オッ盾のレースもupされているのでぜひチェックしてほしい。(リンク)
だが、佐々野選手はこれらのコールをただ真似しても意味がないと言う。
ー「基本的にこういう動画をCOXの選手が見ると、真似したくなっちゃうと思うんです。それは僕のものでなくても、お手本って転がっていないから。僕は、お手本とか正解めちゃめちゃ欲しいですよ。でも、真似しようとしても無理なんですよね。言葉だけ真似しても、その人そのものにはなれない。
コールだけを真似することはできますが、コールの裏にある背景や目的とかは、多分その選手しか生み出せないし、そもそもCOXってそういうポジションじゃないですか。そのクルーの想いや状態を知っているのは、そのCOXしかいないので、言ったらみんな(そのクルーにとっては)僕より優秀なCOXなんですよね。」
コギカジ「よくCOXの選手達からは、どんなコールをすればいいか分からないという悩みを聞くのですが、この悩み自体が本質的な悩みではないということですよね。」
ー「コールについて、何故そう言っているのか、どんな意図なのか、その背景まで考えられているかが大切です。ただコールする内容の方が重要なのだったら、あらかじめ録音しておいたコールを流せばいいだけの話じゃないですか、極端な話。
言っている言葉の調子が聞く人にとっては影響するという心理学的な話もあるようで。がんばらなくてもいいよと言っていても、がんばれよと言ってたんですよ、僕は。おそらくそっちが出てしまうから、漕手も知らないうちにがんばって、硬くなっちゃうんですよね。僕はそれを本当に手放せたんで、心からがんばらなくていいよと、あの時(オッ盾のレース時)は言えていると思います。」
5. COXへのメッセージ
最後にCOXとして日々練習に取り組む選手たちに向けてメッセージをいただいた。
ー「COXという立場に引け目を感じている人がいるようです。近畿のマシンロウイング大会にて質問会があったんですが、そこで出た悩みって、COXとしてのスキルの上げ方や、漕手はがんばっているのにどう振る舞えばいいか分からない、というものでした。
漕手の成長は分かりやすい。エルゴがいくら伸びました、ウェイトをいくらあげましたなど、定量的に目に見えるものが多い。
COXはわかりにくいんですよ。その中で僕が言えるのは、本当に結果に繋がることをやればいい、ということです。全部が自分の影響でと言えなくてもいいと思いますが、関わっていたことから成果が出たら、伸びたら、それはそれで自分の成果・影響でいい。そうでないならCOXはいなくてもいいじゃないですか。でも、そうじゃないから存在しているのであって。
マネージャーもネガティブになることが多いと思うけれど、例えば、マネージャーがやっている仕事をバイトを雇って代わりになるか?と考えた時に、何か違う気がするなとか、自分でなければいけないと少しでも感じるポイントが出てくると思います。そこで能力を発揮するといいのだと思います。
その人しかできないことは絶対にあります。悩むのもわかるんですけどね。
行動していたらなんらかの結果は出ますから、それに対して悩んでいるという時点でそれはそれでいいと思います。より良い行動をすることも大切ですけど、それは周りのCOX、漕手などとディスカッションすればいいだけですよ。シンプルです。
そしてもちろん、僕に個別に話してもらってもいいですし。迷っている、悩んでいる、向上心のある方がたくさんいることもわかったので。
もちろん僕は、自分自身が正しいとも思っていないし、だからディスカッションが大切だと思うんですよ。
連絡お待ちしています!」
編集後記
日本最強のCOX佐々野選手から繰り出されたオリンピックへの想い、COXというポジションの重さに関する言葉の数々。いかがだったろうか。
いかにオリンピックでエイトを目指す体制を作っていけるか、COXの面白さをいかに魅せていくか、コギカジとしても今後取り組んでいきたい課題に改めて気づくことができた。
オリンピックが延期となった今、逆にできることは増えたとポジティブに捉え、ボート界をより良い方向へ、多くの選手と協力しながら進めて行こうと決意を新たにすることができたインタビューであった。
佐々野選手の今後のさらなる活躍に期待したい。(N)
https://www.sed.tohoku.ac.jp/overview/news/detail—id-659.html
母校の教育学部のウェブサイトにも紹介されていていいですね。人間性なども含めてきっと良いモデルケースということでしょう。
下記の暴露本?みたいなのも是非楽しみにしております!!
Hiroki Sasano
@ChaaCox
当然、落選に対して思うことは原稿用紙151枚分くらいはあるのですが、暴露本的な感じで語ったら需要あるのかな?退団するタイミングにでも。ありそうでない基準を元に選考されて苦しんでる人って相当いるだろうし、思考と感情を整理して前進してきたから、私はとてもこの点で貢献できると思う。