【東京五輪特集】荒川龍太選手 前編:Mileage makes Champion

東京2020オリンピック、ボート日本代表の荒川選手。
熱戦を終えた今、オリンピック出場までの道のり、そしてこれからのボート界についてたっぷりと語っていただいた。

前編では、オリンピック出場からレース当日の様子についてお話を伺った。

芽生えた五輪への想い

今大会のボート競技では日本人男子としてただ一人出場した荒川選手。意外なことに、オリンピックに対しては”出られたら良いな”くらいにしか感じていなかった時期もあったという。しかしその想いは2016年のリオ五輪世界最終予選で大きく変化する。

荒川選手
「そのレースの2位までがリオ五輪出場権を獲得することができたのですが、自分たちが出場した軽量級の舵手なしフォアは5位。他のクルーが五輪出場への切符を掴んでいるのを目の当たりにして、今まで感じたことのない悔しさが込み上げてきました。その時、”次の東京五輪には絶対に出場したい”と強く思うようになりました。」

その翌年の2017年、NTT東日本へ入社。そこで更なる研鑽を積む。
自分自身の体格を活かし世界で戦うため、軽量級から体重制限のないオープン種目へ転向した。

荒川選手
「自分の体格だと軽量級に出場するためには試合前に必ず減量が必要でした。体作りをして、エルゴ値を伸ばし、最後に削ぎ落とすイメージです。リオ五輪の最終選考の後からは、ベストなフィジカルで闘ってみたいと思いオープン種目へ転向することにしました。」

当初東京五輪で軽量級種目が縮小されるのではないかという見方もあり、荒川選手の想いは代表の方針とも一致。オープン種目へ転向した荒川選手は、厳しい練習を乗り越え順調に実力を伸ばした。2018年と2019年の全日本選手権では、それぞれシングルスカルとダブルスカルで見事優勝を果たす。

その勢いで2020年はオリンピックへ、と意気込んでいたものの、2020年3月、
東京五輪の延期が発表された。

延期を乗り越え、掴んだオリンピック

荒川選手
「最初聞いたときは、目標を見失う感じで正直辛かったです。当時は誰かに相談するというよりも、じっくり自分自身と対話して気持ちを整理していきました。2019年の五輪出場枠をかけたレースでは出場権獲得に至らず、自分の力不足を痛感していました。その経験から練習の量と質を見直している途中で延期が発表されたので、次第にこの延期をきっかけに、”自分はもう1年分強くなれる” そう考えられるようになりました。2020年の間はとにかく練習の距離を稼いで”Mileage makes Champion”の意識で、エルゴを中心にフィジカルの強化に努めました。」

“1年分強くなる”と誓いトレーニングに励んできた荒川選手。その言葉を体現するように、成長は数字にも現れ始めていた。2021年2月には、2000mのエルゴスコア5’57″9を記録し、日本人初となる”6分切り”の快挙を達成した。

6分という数字に対して、そしてエルゴで自己ベストが出る時の心理的な特徴を教えてくれた。

荒川選手
「6分という数字に壁があるわけではないと思います。でも狙っている記録を意識するとパフォーマンスが落ちてしまうことってありますよね。自分自身へも期待してしまって、それが意図せず壁になってしまう。でも思い返してみると6分を切れたときは、目の前の1本にとにかく集中していた気がします。いわゆる”ゾーン”に入っていたかもしれません。ラスト300mに入って初めて”6分が切れるかもしれない”と認識し、スパートをかけて自己ベストを出すことができました。ベストが出る時ってゴールではなく、とにかく目の前の1本に集中できていることが多いと思います」

“ゴールではなく、目の前の1本に集中する” 重みのある言葉だった。

その言葉は単にエルゴに臨む意気込みとしてだけでなく、収束の見えないコロナ禍で、目の前のトレーニングに打ち込む荒川選手の姿勢とも重なった。


更なる成長を遂げた荒川選手は、2021年5月に海の森公園で行われたアジア・オセアニア大陸予選のシングルスカルで見事優勝。日本勢は合計4つの出場全種目で優勝を果たし、その中で各種目の世界最高記録の水準との比較を基に検討した結果、荒川選手はオリンピックへの切符を手にした。

“東京オリンピックには絶対に出たい”
リオ五輪の最終予選で芽生えた思いを、見事に結実させた瞬間だった。

荒川選手
「出場が決まり自分自身でも嬉しく思い、また沢山の方から応援のメッセージを頂けたことも嬉しかったです。オリンピックではA決勝に進出することを目標にして、レースに臨みました。(準決勝A/Bで3位までが進出)

レース会場の雰囲気はそれまでの世界選手権とも同じだなと感じたのですが、開会式で国立競技場に入った瞬間は、”ああ、オリンピックに来たんだな”と実感が一気にこみ上げてきました」

そう振り返る荒川選手は、オリンピック期間中に合計4つのレースに出場した。

いざレースへ

前の組を見送って、スタート地点に艇を寄せた。全長8メートル弱のシングルスカルの先を、スタッフが掴んでくれる。次がいよいよ自分のレースだったが、意外にも気持ちは落ち着いていた。
もっと緊張すると思ったけど、案外そうでもないな。荒川選手はそう感じていた。

「龍太、予選では実力を隠しておいていいよ」
ギザビエヘッドコーチからもそう言われていて、無駄な気負いは一切なかった。

世界でも強豪と言われる選手の名前が順番にコールされる。自分の名前もそれに続いて、読み上げられた。静かなトーンで発せられた”Attention“という言葉の後、スタートのブザーが鳴り響く。

2021年7月23日、晴天。荒川選手のオリンピックが幕を開けた。

荒川選手
「予選は緊張と緩和でいうとかなり緩和寄りの精神状態でした。砕けた言い方で言うと”ゆるゆる”でしたね。本当は500mでドイツのOliver(オリバー)選手に並んでいたかったのですが、彼もかなりスタートが速く一気に離されてしまいました。ただ、コンスタントは自分の漕ぎができたレースだったと思います。」

予選は2位。敗者復活戦に回ることなく、準々決勝へ進出を果たした。
スタートこそ出遅れはしたが、コンスタントで着実に追い上げるレース展開だった。世界へも存在感を示すレースとなったのではないだろうか。

その後、天候不良でレースが1日延期され、25日に準々決勝のレースを迎えた。

荒川選手
「このレースではクロアチアのMartin(マーティン)選手がいて、500m地点で並んでいたいと思っていたのですが、スタートで少し離されてしまいました。しかし、3位までがこのレースでの目標である準決勝A/Bに進出ということで落ち着いて漕いでいました。レース内容としては決して良くなかったのですが、きちんと目標のポジションでレースを終えることができました。」

準々決勝のレースを3位で終え、準決勝A/Bへの進出を決めた荒川選手。

7月29日。自身が掲げるA決勝進出に向けて「1番の勝負どころ」と語るレースに挑んだ。(準決勝A/Bの各組で上位3位クルーまでが進出)

この日は風が強く、荒川選手の漕ぐ6レーンは横波が激しく打ち付けた。

荒川選手
「A決勝進出というのは、自分にとっては”100%の力を出し切って到達できるかどうか” という目標だっただけに、イメージ通りスタートが出来ず、焦って力が入ってしまいました。バッドコンディションを想定した練習も積んではいたのですが、この日はレース中に漕ぎを修正するのが難しく、何も出来ずにあっという間にゴールを迎えてしまいました。」

結果は6位。自身の目標としていたA決勝進出を逃す。相手に負けてしまったことよりも、自分の力を出しきれなかったことが1番悔しかった。

レース後。荒川選手は珍しく艇上で感情をあらわにした。

荒川選手
「準決勝のレースでは、自分自身の力を出し切ることが出来ず本当に悔しかったです。それでも”次が東京オリンピックでのラストの試合になる” と気持ちを切り替えて、最終日のレースに臨みました。

隣を漕いでいたハンガリーのMolnar(モルナル)選手には、大会期間中2つのレースで同じになって、いずれも負けていたのでリベンジしたいと思っていました。しかし最後のスパートで差し切られ0.5秒差で負けてしまい悔しかったですね。このレースには彼以外にも若い選手が多く参加していて、今後もライバルになるかもしれないなと感じています。
これまでのレースの反省を活かし、最後のレースは最初から攻めたレース運びができたし、自分の持てる力は出し切れたと感じています。」

(※最終日のレースには、イタリアのアルバート(Alberto)選手19歳、カナダのジョーンズ(Jones)選手23歳、ブラジルのフェレイラ(Ferreira)選手23歳など、世界の若手選手が多く出場した )


最終日のレースは組で5位、全体の11位という結果でレースを終えた。

荒川選手の胸中は悔しさの方が大きいかもしれない。しかしその力強い漕ぎが、ボートファンを熱狂させたことは間違いない。オープン種目で世界の選手と堂々と競い合う勇姿を我々の記憶に残し、荒川選手の東京オリンピックは幕を閉じた。

そして2024年にはパリオリンピックの開催が予定されている。
3年後の大舞台を見据え、荒川選手の新たな挑戦の日々は既に始まっていた。

記事後編では、今後の荒川選手の練習について、「なぜ漕ぐのか」、「アスリートとは」など普段なかなか聞くことのできないお話を伺った。『Japanese Rowing』への想いについても触れて頂いている。ぜひご覧ください。

【荒川龍太】
2013年に一橋大学ボート部入部。初心者としてボートを始めるが2016年のリオ五輪の世界最終予選にも出場するなど大学時代から活躍。卒業後、2017年にNTT東日本ボート部に入部し、2018年にシングルスカル、2019年にダブルスカル、2017年と2020年にはエイトで全日本選手権を制するなど、スカル、スイープともにこなす実力者。

また2021年2月には日本人選手初のエルゴ2000mで6分切り(5’57″9)を達成。
2021年の東京オリンピックに男子シングルスカルで出場し11位。
現在2024年のパリ五輪に向けトレーニングを継続している。

主な戦績
◆NTT東日本
国際大会
2021年 東京オリンピック 男子シングルスカル11位
2019年 世界選手権 男子ダブルスカル 21位
2018年 アジア競技大会 男子シングルスカル 銅メダル
2017年 世界選手権 男子シングルスカル 18位

国内大会
2020年 全日本選手権 男子エイト優勝
2019年 全日本選手権 男子ダブルスカル 優勝
2018年 全日本選手権 男子シングルスカル 優勝
2017年 全日本選手権 男子エイト 優勝

◆一橋大学
2016年 U23世界選手権 男子軽量舵手なしフォア 5位
2016年 全日本大学選手権 男子エイト 6位
2015年 アジア選手権 男子エイト 3位
2015年 全日本選手権 男子エイト 5位
2014年 全日本選手権 男子エイト 3位

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