大学3回生の時の近畿マシンローイング大会がきっかけで明治安田生命の選手となった廣内選手。明治安田生命での選手生活、そして日本代表選手となった現在の心境などについてお話を伺いました。
実業団選手としてのキャリアをスタート
明治安田生命の選手の1日がどのようなものなのか、そのスケジュールを教えてもらった。
廣内選手
「出社をする日は9時〜17時で仕事をして、18時30分ごろから練習をします。会社がない日は朝と午後両方練習していて、日曜日の午後がオフになっています。
また会社から業務扱いと認定され、強化合宿を設ける期間もあって平日1週間全部合宿になることもあります。大まかにいうと、週でいうと10〜13モーションくらいをコンスタントに練習しているというイメージです」
また練習メニューの決め方についても教えて頂いた。
廣内選手
「日本ボート協会のHP上に代表の強化メニューが定期的に更新されるので、それをベースにしながら主将と各選手が相談をしながら組み立てていきます。特に一般的なメニューと違うのが、1週間の使い方です。日曜日を完全オフにするチームも多い中、私たちは代表メニューに合わせて日曜日も練習をしてモーション数も合わせています。今回日本代表クルーに合流しても、生活リズムがあまり変わらず練習に入っていけるのも大きなメリットだったと思っています」
基本的にシングルで練習し、大会1ヶ月前ごろから出場種目に合わせてダブルやクォドのクルーを組んで試合に臨むという。
また明治安田生命ボート部の特徴として”自主性”という言葉を挙げて頂いた。加えて毎日戸田で漕げるというのも、関西出身の廣内選手にとっては貴重だという。
廣内選手
「明治安田生命ボート部は非常に自主性を重んじる風土があると思います。コーチの方へも自分から求めて、サポートをして頂くようなイメージです。コーチ陣からは自分が必要だと感じた時にアドバイスをして頂くことができます。それから戸田でいつでも漕げる、というのは関西出身の自分としてはありがたい環境です。それから明治安田生命の選手は競技力だけでなく考え方も素晴らしい方ばかりで、今の環境で毎日勉強させてもらうことばかりです」
明治安田生命ボート部で研鑽を積んだ廣内選手は、社会人1年目のシーズンに全日本選手権にダブルスカルで出場すると8位入賞を果たす。そして2年目のシーズンからは部を代表し、伝統のクォドの選手として試合に出場することになる。
入部3年目のシーズンで全日本選手権優勝を経験
社会人2年目のシーズンからは、クォドのメンバーとして全日本選手権に挑んだ。明治安田生命は何度も全日本を制してきたクルーでもあり、「チーム全員、日本一しか見ていなかったです」(廣内選手)と語る。その言葉の通り明治安田生命は2020年大会でも順当に決勝の舞台に駒を進めた。
しかし決勝のレースは思うように展開しなかった。スタートから他クルーに主導権を握られてしまう苦しい展開に。そして最終的な結果は2位だった。
レースを振り返ってみると、500m通過時点で、その年優勝を果たした関西電力のクルーには5秒ほど差をつけられ、序盤から大きく先行された。そして同レースに出場した早稲田大学、法政大学にも先行を許してしまう。
(20年大会の決勝500m通過タイムは、 1位:関西電力1’37” 2位:早稲田大学1’40” 3位:法政大学1’40” 4位:明治安田生命1’42” 5位:明治大学1’42” 序盤から他クルーを追う厳しい展開に)
レース後半素晴らしい追い上げを見せるも、トップには届かなかった。
全日本の舞台で準優勝。もちろん素晴らしい結果だが、選手の間には重たい空気が流れていたという。
廣内選手
「自分達選手が悔しいという気持ちに加えて、応援してくださった方の期待を裏切ってしまったなという気持ちもありました。会社の方からも”おめでとう”と声をかけて頂きましたが、どうしても申し訳ないなという気持ちが湧いてきました。
大学の頃も、チームメートに応援されたり、部を代表したりと試合の重みを感じてきたつもりでした。でも企業に入って更に期待して頂く方の数が増え、それに伴い責任の大きさも感じています。試合へは毎回身の引き締まる想いで望んでいます。
日本一を今度こそ全員で掴みに行く。という強い思いに加え、翌年の全日本では”序盤から自分達のレース展開にする”というのが大きなテーマでした」
2020年全日本では、序盤に他クルーに先行されたことで、自分達の漕ぎを見失ってしまった面もあったという。”今度は自分達のレースにする。支配的なレース展開を”そんな意識で翌年のレースに挑んだという。
迎えた21年の全日本選手権。
その想いの通り決勝のレースで明治安田生命は、前半から”支配的”といえるレースを見せる。最初の500mで他クルーへ水を空けると、最後は独漕状態に。最終的には2位に6秒の差をつけて見事優勝を果たした。
廣内選手
「全員の漕ぎが素晴らしかったです。今まで乗ったクォドの中でも艇が一番疾っていました。全員が日本一を獲るという意識を持っていて、かつそれに見合うだけの練習を積んできました。前回王者の関西電力さんはもちろん意識していましたが、一方でやるだけのことはやったという気持ちがクルーの中にあったと思います。
クルーの元来の強みはコンスタントで大きくペースが落ちない部分でした。そのいいところを伸ばしつつ、2021年大会は弱点であるスタートの力も伸ばすことができた理想的なクルーだったと思います。
それに引退される上田佳奈子選手(現在は明治安田生命コーチ)への想いもありました。私が入部した時の主将でとてもお世話になった方で、個人的にも思い入れを持ってレースに臨んだので、優勝できて本当に嬉しかったです」
昨年の雪辱を見事に果たし、引退する上田選手の花道も飾ることができ、最高の形でその年の全日本選手権を終えることができた廣内選手。
国内戦では「連覇してくことが今後もチームとして目標になると思います」(廣内選手)と語るように、先日の2022年大会でも明治安田生命のクォドは見事優勝を果たした。
そして全日本選手権で優勝を経験した廣内選手には、もうひとつの目標がありました。
全日本優勝、そして日本代表へ
全日本選手権で優勝を経験させて頂いた後、個人的には3年目まで叶えることができなかった日本代表に今度こそ選ばれたいという気持ちがありました。(廣内選手)
2021年オフシーズンに入ると、10月から始まる日本代表への選考へ参加した。日本代表というのは、明治安田生命のボート部へ入部した頃からのひとつの目標だったという。廣内選手は今回22年4月の最終選考会で見事全日本クルーに選出されたのだが、そこまでの道のりが過酷だった。
廣内選手
「全日本選手権が10月末に終了し、11月末に日本代表候補を選抜する合宿への参加権をかけた2000mのレースがありました。世界でメダル圏内のタイムと比較したアイデアルタイム(※1)という考え方に基づき、規定以上のタイムを出せば代表合宿への参加権が与えられます。
(※1 アイデアルタイム:オリンピックの1位〜5位の平均タイムを算出し、現在の自分のタイムがその平均タイムと比較して何%まで到達しているかという考え方。廣内選手は女子軽量級で3番手のタイムで代表合宿への参加権を得た)
その後、12月にエルゴでのタイム測定、翌1月には荒川でのタイムレースがありました。そして2月に再びエルゴの測定があり、そのプロセスを経て3月の予選会への出場が判断されます。3月の予選会を勝ち抜いた選手が4月の最終選考会に臨むという運びになっています」
そして4月の選考会への出場権を得ると、最終選考会でも結果を残し見事軽量級のダブルスカルの選手として代表に選考されることに。
4月の選考の結果、日本代表は現在アジア大会組と世界選手権組の2グループを編成している。コロナウイルス感染拡大の影響で、隔離期間を考慮すると両大会への参加は難しく、選手団を半分に分けるという判断に至ったという。(*取材時点でアジア大会は延期中。開催時期は未定)
10月の全日本選手権が終了してから、毎月のように代表への選考を経験した廣内選手。その影響もあり、5月の全日本選手権では少しメンタル的な調整がうまくいかなかったという。
今まで軽快にボートについて語ってくれた廣内さんの声色が少し変わったような気がした。
廣内選手
「今回(22年大会)は、シングルスカルで出場させて頂きました。いつも以上に期待してもらっていることも感じていましたが、10月末から始まった代表の選考でずっと誰かとシビアに比較されてきたことで、知らない間に気持ちがついていかなくなっていました。フィジカルについては4月以降怪我もなく、練習のボリュームもキープできていて悪くなかったのですが、心がついてこない感じでした。
レースを勝ち進むたびに、”次のレースこそRow outするぞ”と思って臨んでいたのですが、うまくいかず、レースにメンタルを合わせられない未熟さを感じたレースでもありました。
プレッシャーとは別の初めての感情で、11月から4月にかけてずっと人と比べられるストレスが回復しないまま迎えてしまったのもひとつの原因だったのかもしれません。自分にとって、ここまで過密なスケジュールは初めての経験でした。
でも同じ選考を経ているにも関わらず、全日本選手権で素晴らしいパフォーマンスを発揮していた、西原選手や榊原選手には尊敬の念しかありません。完敗でした」
日本代表への切符を掴んで臨んだ今年の全日本選手権は、シングルスカルで3位という結果だった。周りから見れば素晴らしい結果でも、廣内さん本人の歯切れは悪かった。そんな彼女は、今異国の地でどんなことを考えてボートと向き合っているのか。
今は階段の踊り場にいて
最後に廣内選手に今回の遠征への意気込みと、今後の目標について伺った。
廣内選手
「今回私は、海外遠征も海外の大会に参加するのも初めてという初めてづくしの状態で参加させて頂いています。今年は”挑戦者として謙虚に前向きにいろんなことを吸収して自分の糧にする” 定性的な言葉なのですが、それが今の目標になっています」
現在はリオそして東京の二つのオリンピックを経験した冨田千愛(とみた ちあき)選手とクルーを組んで練習している。
廣内選手
「冨田選手とはパワーカーブが似ていて、初めて乗った時から褒めていただくことができて嬉しかったです。クルーとしてはキャッチから強く長く加速するということをテーマにしています。そして艇を伸ばした上で、艇を後ろにシンプルに押すことをミーティングでは話しています」
冨田選手と廣内選手のダブルは6月のワールドカップ第2戦(@ポズナン)では16クルー中13位、7月の第3戦(@ルツェルン)では16位という結果だった。悔しさもあるだろうが、代表のキザビエ コーチからは、今回のワールドカップはあくまで過程であると言われているという。
廣内選手
「ギザビエ コーチからは”もっとリラックスして、自分を追い込みすぎないで”という風にアドバイスを頂いています。自分は不器用な性格で、どうしても目の前の試合に全力で臨み、その目の前の結果に一喜一憂してしまいがちなところがあります。でも成長の曲線って定規で引いたような直線じゃないと思っています。山あり谷ありで、それでも長い目でみると少しずつ上がっていくようなイメージを持っています。
階段にも踊り場ってあると思うんです。もしかしたら今はそんな状態なのかもと考えています。
自分はまだまだ実力不足だなと感じることもある日々なのですが、イメージとしては、 “止まらなければ右肩上がり” って感じで毎日を過ごしています」
苦しいときであればあるほど、ついつい視野が狭くなってしまう。ともすればこれから何もかもがうまくいかないような気持ちになることもあるだろう。そんなとき、廣内選手の”止まらなければ右肩上がり”という言葉を思い出してみたいと思った。
大阪の桜ノ宮でボートをはじめ、今は世界を舞台に戦っている彼女。心身ともにハードな毎日を送っているはずだが、取材中その表情はずっと明るかった。ボートを始めた時と変わらず、今でも水の上を滑る感覚に夢中になり心から楽しんでいるからこそ、内側からそのエネルギーが溢れるのかもしれない。
6月某日。湿った日本の梅雨とは対照的に、現地では乾いた風が吹いているという。
“肌が乾燥して困ります” と嘆く声すら、どこか楽しげに響いた気がした。
あとがき
今回もお読み頂きありがとうございました。そして何よりシーズン中のお忙しい中、取材を検討してくださった明治安田生命中溝監督、廣内選手に改めてお礼申し上げます。
廣内選手の話を伺って、「好きで始めたことでも、壁にぶつかることってあるよな」とまず思いました。そして世界を相手にする代表選手ともなれば、その壁の巨大さも凄まじいだろうなとも。でも廣内選手が話してくれたように、壁を目の前にした時にどういう自分でいられるかが大切なのかもしれないと感じました。
読者の皆様はいかがでしたか。大きな壁を目の前に自分を俯瞰することは難しい。でもそんな時ふっと息を吐いて、リラックスできると考え方も随分と変わるんじゃなかな、なんていうことを考えました。ボートだとフォワードで力を抜くのにちょっと似ているかも知れませんね。
最後に僕たちの宣伝で恐縮ですが、コギカジでは一緒にボート界を盛り上げてくださる仲間を募集しております。ボート好きが集まるオンラインの艇庫OBH(Online Boat House)の仲間になってみませんか。記事発信以外にも、ボートに関わるいろんなことができます。
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今回記事を書いた原田のTwitterです:https://twitter.com/masaki_novel1
なんでも聞いてください。記事への感想や、今後の取材してほしい選手の紹介などもとても励みになります。
今回もありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう。
(取材・編集 原田)
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