特別企画「真髄」  第1回 競技用ボートの素材と構造

オアズパーソン諸君。
君はRowingを知っているか。
「知っている」と思われたかもしれない。
漕ぎ方?しんどさ?楽しさ?美しさ?
そのくらいはわかってるさ、と。
いや、待つんだ。
君は本当にRowingのことを知っているか?
君が乗っているそれ、そう、「フネ」のことだ。
では諸君を真のオアズパーソンたらしめるべく、
特別企画「真髄」を始めよう。


世界的に有名なとある造船会社の輸入代理店に
お勤めのT.S.氏に、
数回に渡って寄稿していただく
特別企画「真髄」。
第1回は「競技用ボートの素材と構造」。
普段はあまり気にかけない「フネ」について、
理解して行こう。

目次

  1. ■はじめに
  2. ■素材
  3. ■構造
  4. ■おわりに

■はじめに


こんにちは、T.S.です。

皆さんが普段使っている競技用ボートですが、そもそもどんな物でどんなつくりで出来ているのかを知っている人は実はそんなに多くないのではないかと思います。
今回のお話は、そんなボートの構成素材と構造についてです。
とても基礎的な内容ですが、ボートを理解し、大切に扱う為に重要なことだと思っていますので、第1回の題目としてチョイスしました。

また、ボートを壊した事のある人は恐らくイメージしやすいかと思いますが、ボートは普通に使っているとかなりガッシリとしているように感じます。しかし、実は局所的にはとても脆いのです。

構造物として全体に力が加わるように使うと人が乗っても壊れません。しかし一方で局所的な力を加えると、例えば艇の上にドライバーを落としたり、艇置き台の金属部分にハルを乗せてしまう等で簡単に凹んだり穴が空いたりします。
それは一体何故なのかーーボートの素材と構造から理解してみましょう。

■素材

競技用ボートは、
①FRPで出来たスキンで軽量だが脆い
②コア材を挟み込んだ、サンドイッチ構造
という作りになっています。
まずは出てきた素材2点について。

①FRP
日本語で「繊維強化プラスチック」といいます。
いわゆる複合材料と呼ばれる物で、具体的には「カーボン繊維やガラス繊維等を強化材として含有させたプラスチック」と言うことになります。複合材料として身近な物だと鉄筋コンクリートや藁壁もそれに当たります。
2つの異なる素材を混ぜる事にどんな意味があるのか。それは、それぞれの素材的強みを生かし、逆に弱点をカバーしあう事にあります。
FRPにおいては、軽量で加工はしやすいが引っ張り強さが弱いプラスチックを、繊維を混ぜる事で強化し軽くて強い材料を作り上げています。
ボート以外では釣り竿やラケットから航空機等に広く使われている材料です。

そんな予備知識を頭に置いてもらいながら、以下にFRPを構成する2種類の素材を紹介します。

【樹脂(プラスチック)】
FRPの母材となります。ボートに使用される樹脂は主に2種類あります。

1)エポキシ樹脂
ほとんどの造船メーカーはこのエポキシ樹脂を使用してボートを作っています。
2)ポリエステル樹脂
この樹脂を使用してボートを製造しているメーカーは少ないですが、修理や補修などで良く使われる樹脂類です。

どちらの樹脂も熱硬化性樹脂といって、硬化剤と熱を加えて固めるタイプのプラスチックです。これは固まる前はドロドロの状態なので、その状態で繊維に含浸させてから熱硬化させてFRPを作ります。

一般的にはポリエステル樹脂よりもエポキシ樹脂の方が接着力が高く強靱であるといわれており、軽さと強さの求められる競技用ボートでは多くのボートメーカーが艇体の材料として使用しています。
ただ、エポキシ樹脂はポリエステル樹脂と比べ、硬化剤の量を正確に添加しなければ硬化不良が起こりやすい事、人体に触れたときの毒性が強い事、硬化に時間と高い温度が必要な事などがあり、部分修理においてはより扱いやすいポリエステル樹脂が使用されることが多いです。
ちなみにですが、小型のモータボートや公園の手漕ぎボートもFRPですが、こちらは扱いやすいポリエステル樹脂製のものが多いそうです。

【繊維】
FRPの強化材にあたります。折れやすいプラスチックを内側から支える骨のような役割を果たします。ボートに使われる繊維単体では、見た目はただの布です。
ボートに使用される繊維は主に3種類です。

1)カーボン繊維
何となく「ボートはカーボンで出来ているんだ」という認識の方が多いのではないでしょうか。これがその正体です。硬く強靱なFRP製品が出来上がりますが、比較的高価な素材です。
2)アラミド繊維
防弾チョッキなどにも用いられる、非常に切れにくくて軽い繊維です。強く軽いFRPに仕上がりますが、カーボンより柔らかく感じます。カーボンより安価です。
3)ガラス繊維
グラスファイバー、ファイバーグラスなどとも呼ばれます。FRPの素材として一般的には最もポピュラーな素材と言えます。強靱ですがカーボンやアラミドと比べ安価で手に入ります。ただし重量は重くなります。

レースで使用する様なハイグレードのボートは、低重量、高強度な仕上がりを求められるので、フルカーボンかカーボン+アラミドの組み合わせで製造されることがほとんどです。
逆にトレーニングボートやレクリエーションボートなど、重量より価格の安さを求められる様なグレードでは、ガラス繊維をメインに使い、補強が必要な部分のみカーボンを使用する作りが多く見られます。
殆どの繊維は繊維方向に対して縦に引っ張られる事には強靱ですが、横方向の力には非常に弱く、例えば繊維の束に結び目を作って引っ張ると、比較にならないほど軽い力でちぎれてしまいます。ですので、ボートの多くはそれを補う為に縦横に糸を巡らせ織物にした繊維を使用します。


②コア材
競技用ボートのサンドイッチ構造に不可欠な素材です。
非常に軽い素材で出来ており、これ自体にはほとんど強度を求められませんが、FRPで挟み込み(サンドイッチ)補強することによってボート外皮に厚みを持たせ、軽くてガッシリとした剛性を出す役目を担います。
以下のような素材がよく使用されます。

1)ハニカム
蜂の巣状に空洞が空いている厚みのあるシートです。最も軽量なボートを作れますが、空洞だらけになるので外からの衝撃に弱く、穴がや凹みが簡単に起こります。また、穴あきの際はボートのハニカムの空洞部分に水が浸水する恐れもあると言われており、大変デリケートです。
2)コアマット
不織布で出来ている事の多い厚みのあるマットです。樹脂を含浸させて固めて使用するので、頑丈な作りになりますが、その分重量は上がります。
3)PVCコア材
硬質の発泡材で、ハニカムより重量が増しますが、コアマット同様凹みや穴あきには強くなります。すごく粗く説明すると硬い発泡スチロールみたいな感じです。

レースグレードではハニカム、それ以外ではコアマットやPVCコアなどを使用するメーカーがほとんどです。PVCコアを使用してレースグレードを製造するメーカーも一部ありますが。

■構造

上記の素材紹介の情報を元に、ハルやキャンバス、デッキといった外皮部分の基本的な作りを説明します。
前記した、サンドイッチ構造がそれにあたるのですが、それをザックリ説明すると、コア材をFRPで挟み込んだ作り、それがボートでいうところのサンドイッチ構造です。

なぜこのような作りにする必要があるのか。
そもそもですが、ボートに乗って漕ぐだけでしたらコア材を挟む必要はありません。実際に安価なモデルのボートではコア材を殆ど使用しないメーカーもあります。

コア材の使用目的は艇の剛性を上げるためです。

ボートに限らず、同一素材であれば厚さがあるほど剛性は上がります。ただし、純粋なFRPで厚みをつけようとするとかなりの重量になってしまします。その代わり、人が乗って漕いでも壊れない最低限のFRP材で軽量のコア材を挟んで厚みをつけることで、高強度、高剛性、低重量のボートに仕上げています。
つまり私たちが普段乗っているボートは、最低限の強度で最大限の剛性と最小限の重量を実現させるために強度上かなり攻めた、F1マシンを彷彿とさせるような設計になっているということです。殆どのボートの場合、コア材を挟むFRPは内外共に1~2枚程度です。

ここで最初の話に戻りますが、この攻めた設計こそが簡単にボートが凹んだり穴が空いてしまう原因といえます。
ガッシリとした作りに騙されてしまいがちですが、競技用ボートは超繊細です。言ってしまえば、指で押せば凹むようなハニカムを、硬いけれど手で裂けてしまう布1枚で覆っている状態です。

■おわりに

今回説明した内容は、なるべく解りやすく説明する為にかなりザックリと粗めに書きましたが、ボートを理解して大切に扱う為のきっかけとなれば嬉しく思います。
また、これらの話は突き詰めようとすると物理や化学や構造力学などの深い沼にハマってしまいますが、一方では製造業的にはとても一般的な部分なので、インターネットでもかなり詳しく調べられます。

皆さん自身で行われる情報収集の足がかりとなれれば幸いです。


次回は「ボートの扱い方」についての記事を予定しています!
お楽しみに!

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